k2さんの日記 (乳がんの日記)

あの頃がんと知らされるまえは
毎朝外へ出て、お天気がいいと
「あ〜ぁ幸せぇ〜」
なぁんて頭に中で呟やいてた。こんな幸せで
いいんだろうか?と日々思っていたなあ。
いい人いい日楽しいことばかりと。

そして突然そんな事が見つかり
大きく事態がかわって
そんな事を全く思わなくなってた。
空を感じる事がなくなってるなあ。
あんなに幸せぇと感じてたのが。
足元をすくわれた思いになって
裏切られ感??
そんな事を思ってたらこんな
シッペ返しをくらう的感情でいっぱいに。
そこはまだ多分気持ちとしては
残ってる。
でも幸せと感じるシーンは
いっぱいあるけど。

やっぱり足元すくわれるぞという
ブレーキがかかるんだなあ。

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2017/03/26 07:07

覚えている事って何だろうと思い返してみた。

まずやはり衝撃の手術室か、。
入院し手術当日、ベッドへ担当医師や看護師さんなどがぐるりと囲み患者確認?のようなものを
行っていた。ずっと俯いていたからか何を言っているのかは不明。そして手術の時。
オペ室へのみしか厚い扉が開きて中をみると
思いだから閑散とした場所の真ん中に
ポツンとベッドがあった。テレビでみたような
そのままの雰囲気を浴び、途端に恐怖で怯えてしまい
もうワンワン泣き崩れていた。
怖くて怖くて仕方なかった。

ベッドへ寝てすぐ先生が現れて
あ~ぁ、泣いてしまって、、と先生は言いながら
色々話しかけてくれながら麻酔をし、
すぐそこからあっと言うまに麻酔にかかり手術を終えていた。

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2017/03/25 07:08

多分
なにもないだろうけど、念のためという検査の結果を
聞きに行った。
すると、その聞くだけの日と思って行ったのに
「着替えて下さい。」と。
ちょっとムッとして「今日は聞くだけですよね」と
問うも、先生からのお伝えでというような事だった。

もう!時間の無駄だな!なんて
思っていながら自分の順番がきて。
先生から、検査に引っかかったと。
またそこから記憶がなくて。
変なのー、受け付けのとこははっきり覚えてるのに。

きっと着替えたという事はそこから再検査をなんらか
したのだろう。

数日して結果は、

これは見逃しそうなくらいのものだった。
間違いなく癌です。

なんかこの後も本当に不幸中の幸いというような
説明を受けた。
そんなに微妙なものを
見つけたくれたのだ、、
ありがたい、、、良かった、、というその
場面はしっかり覚えている。

先生も「これは別に
なんて事は無いだろう」とすっかりこの
検査に関し、頭にも置いてなく
驚いたとの話をだった。

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2017/03/24 14:41

日本人の個性の1つとでもいうのであろうか、
そこを自分は特にその性質を持っていたのか
「自分がなる訳がない」
というような安心依存?大丈夫という勘違いな余裕?

「がん」とは恐ろしい病。
そう思ってそうならないように食べ物にも
気を使っていたはず。
「そんなの食べたら体に悪い!」と。

なのに

馬鹿な、馬鹿過ぎることに
結果が
「乳がん」
と知らされてからもなんだかおかしな自分だった。
実感へつながるらないような、
薬でなんとかなるんでしょ??のような意識、
そこでもまさか自分がと思っていたのだろう

あまりにも馬鹿過ぎる、そんなあの日だった。

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2017/03/22 14:15

無料検診で
きちんと見てもらって見てください
と言われてから訪れたのは
便利な場所にあったクリニック。何にも考えず
そこでも楽観的だったので、近くが一番という選択でした。
それでそこでの出来事や検診状況が、全く思い出せない、、、。初診から思いがけず
何度か行くという必要になったので
どれがどれだかがわからない。着替えて雑誌を読んでいた様子しか出てこない。
しかしそこでも「多分なんともないでしょう、ただその部分が白く映るので念のため調べておきましょう
」というような、やはり何にもないであろうという
事が前提、前置きの言葉だった。
ただ覚えているのが初診か2度目かに、その胸にある
シコリ?の一部かのものを注射で取り出したこと。
初めての胸の部分への注射でかなり痛く

見せてもらったその物は透明のゼリーみたいなものでした。それを調べるというお話しでその初診か
2度目かに言われての帰宅でした。

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2017/03/21 07:03

「多分これは何もない、大丈夫だと思うんです。
すごく小さいものがあるんで念のために
専門医に診てもらって下さい」

2012年の事だった。
40歳以上が対象?忘れてしまったが
市がやっている無料のがん検診の一つ
マンモグラフィーを含む乳がん検診での医師からの
言葉で始まった。


私は嫌な事は思い返さないタイプ。
それもあり、この、、ここからの記憶は
あまりはっきりとは無い。
その記憶を辿りながらの過去日記です。

45歳の時、たまたまその年数生まれが
無料対象だったと思う。
主人も先に健康診断やがん検診をすませていた。
度々私にも、
「もう年齢も年齢だから、早く受けといた方がいいよ」「乳がんとか特にね」と促されていた。
市政新聞での案内も見て予約を取っておいた。
(とりあえず、安心をもらいに行こうか)
くらいな気持ちだったろう。

当日乳がん検診。マンモグラフィーまで
終えるはずが
「大丈夫と思うけど念のために 」の言葉で
終わりマンモグラフィーは専門医でとの
流れになった。
「大丈夫」
その言葉は私には「当然」という
浮かれたにも近い、もしくは
「...

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2017/03/18 22:03
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