【3ページ目】さくらまいこさんの日記 (乳がんの日記)

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乳がん

手術から2日経った朝。
久しぶりにお腹が空きました。

気持ち悪さもなくなって、
ようやく朝からしっかりごはんを食べることができ、
うれしかったのを覚えています。

少しずつだけれど動けるようにもなって、
リハビリがはじまりました。


手術前日に腕があがる高さと、
後ろにどこまで開くかを測ってもらっていたわたし。

そこまでの重大さはわからず、
あのときのわたしは笑いながら測ってもらっていました。

腕をあげるのに、こんなに力が必要だなんて想像できていませんでした。

どんなに力を入れようとも、
まったく腕は持ち上がりません。

右腕は重く、左手で持ち上げようと力を込めても、
傷が裂けてしまいそうで怖くなりました。


リハビリを行うフロアに向かうと、
大きな紙が貼られていました。

1日目、2日目、3日目…
順番に難易度があがるポーズに、
思わず想像が膨らんでしまいました。

「最終的には白鳥のポーズとかになったらどうしようね…( ̄∀ ̄*)」

そう言うと「まいちゃん声が大きい…!」とうつむいた母は、
笑いをかみ殺しながら肩を震わせていました。


リハビリテーションの開始時間にな...

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2017/05/29 23:55

〈2016.10.13〉


長い夜が明けました。

この日は姉も病院のソファを借りて泊まってくれていました。

いつになったら動けるようになるんだろう。

なかなか深い眠りに入ることができなかったわたしは、
窓の外を眺めながらため息をつきました。

寝たきりの状態では、
手術跡だけでなく腰も痛くなってしまっていたのです。

仰向けだと胸が反ってしまって傷跡が傷むため、
カラダの右側の下に入れてもらっていたふたつの枕。

夜中の間は時折母と姉にそれを反対側にずらしてもらって寝返りをうっていましたが、
腰の痛みは強かったです。

また、胸に巻いたバストアンドアッパーが蒸れて、気持ち悪くなりました。
背中が痒くなって、かいてもらうことも何度かありました。

尿管を抜いてもらったあとは、
壁をつたって看護師さんに支えてもらいながらナースステーションの周りを歩きました。

先生が止血のためのガーゼを外して新しいものと取り替えてくれましたが、
締め付けていたバンドは強いままで苦しかったです。

お昼ごろになるとごはんの匂いがしましたが、
術前にあれほど空いていたお腹は嘘のように空きませんでした。...

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2017/05/28 23:40

〈2016.10.12〉


けたたましいサイレンの音で目が覚めました。
時刻は午後3時30分。

手術室から病室に戻ってから1時間ほど経っていたそうです。

うっすらと目を開けば、
慌ただしく動いている看護師さんたちが目に入りました。

「電気が使えない」

朦朧とする意識の中、
そんな話し声が聞こえてきました。

東京都内で大規模停電が起きたのです。

かろうじて発電された電気はついていたものの、
エアコンはつけられません。

姉が扇子であおぎ、母が顔の汗を拭いてくれていましたが、
とても暑く苦しく目覚めました。

その時のわたしは酸素マスクが下にズレて鼻が塞がれていたため、
口呼吸をしていました。

口で息をすれば、その動きでまたマスクが下にズレて、
余計に鼻が塞がれてしまいました。

微妙な位置でとまったマスクで痒くなった鼻をかくこともできず、
しゃべることもできず、とても辛かったです。

わたしが手術室から戻ってきたころからマスクがその位置にあったため、
母は勝手に動かしてはいけないと思っていたそうです。

点滴や酸素を送る装置など、
自家発電で補いきれなくなっていないか確認...

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2017/05/27 23:55

〈2016.10.12〉


「お腹空いたなぁ」

わたしは朝ごはんの匂いを嗅ぎながら、
お腹を押さえました。

緊張して空かないものだと思っていたけれど、
その日は健康なことに朝からしっかりお腹が空いていました。


時計の針が進むにつれて、高まる緊張。

心臓の音がうるさくて、
持ってきたウォークマンの電源を入れました。

流したのは、だいすきなコブクロです。
入院前に作った、勇気がもらえる手術対応セットリスト。

心を落ち着かせながら、手術室には衛生上持っていけないというお守りを、願いを込めて見つめました。

親友から貰った鶴岡八幡宮の健康祈願のお守りと、
船橋の二宮神社に連れて行ってもらって買ったふなっしーお守り。
大切な大切なお守りです。

ふなっしーのぬいぐるみを抱きしめて、刻々と迫るそのときを待ちました。


午前8時35分。
看護師さんが迎えに来てくれました。
血栓予防のハイソックスを履かせてくれたのですが、
とてもきつくて履くのには時間がかかりました。
履かせてくれているのに、焦りと緊張感でなんだか汗をかいてしまいました。


やがて向かった手術室。
家族とはエレベー...

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2017/05/26 23:45

〈2016.10.11〉


入院したのは、手術前日でした。

午前11時。
病院に着いたわたしは、
入院病棟に行って手続きをしました。

そのころはまだ病院から離れたところに住んでいたため、
母も貸出用のベッドを借りて、できるだけ一緒にいてもらえる個室を選びました。

アメニティグッズをもらい、
なんだか少しだけ楽しい気持ちになりました。

そのあとは併設されているコンビニに行き、
バストアンドアッパーとT字帯を購入。

病室に戻ったあとは、すぐにパジャマに着替え、
お昼ごはんを待ちました。

この日のごはんは、
うどん、シュウマイ、かまぼこ、大学いもに…バナナ。

バナナがあまり好きではないわたしは、
置く場所に困って頭に乗っけるほかありませんでした。

後に姉は『現実逃避を垣間見た瞬間だった』と語っています。

※もったいないので冷蔵庫でキンキンに冷やしておいしくいただきました。

そのあとは、夕方17時までに浴びることになっていたシャワーを済ませ、超音波検査へ。
手術部位に印をつけてもらったとき、
いよいよなのだと実感しました。

夕ごはんのフルーツは、メロン!
鶏肉とたまごの...

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2017/05/25 23:50

入院が決まった日から、
着々と準備がはじまりました。

まず向かったのは市役所。
入院時に持ってくるように言われた戸籍抄本を取りに行きました。

休みの日には、持っていなかったものを買い揃えるためにショッピングモールに行きました。

病院から渡された入院案内に載っていたものと、
自分で必要だと思ったもの。
それぞれをチェックリスト作成アプリに入れて、
ひとつひとつチェックしました。

最終的にかばんに詰めたものは、
こんなものでした。


【手術後に必要なもの】
・ストロー付きコップ

【食事】
・スプーンとフォーク(箸以外のもの)
・湯のみ(フタ付きの割れないもの)

【着替え】
・室内履き
(すべりにくくて履きやすいもの)
・下着
・日中用帽子
・おやすみ用帽子
・カーディガン
・靴下

【洗面道具】
・コップ
・歯ブラシ
・歯磨き粉
・ローションティシュー(鼻用)

【手続き関連】
・入院の申込書
・戸籍抄本
・身元引受書
・印鑑
・筆記用具
・診察券
・保険証

【癒やし関連】
・ウォークマン
・代表ふなっしー

【その他】
・マジック(持ち物に名前を書くため)
・メガネケース...

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2017/05/24 23:40

昨年の3月末からはじまった半年間の抗がん剤治療を終えて、
先週の土曜日、約1年2ヶ月ぶりに髪を切りに行ってきました。

治療がはじまる前に少しだけ通っていたところはやめて、
小さい頃から家族で行きつけの美容室へ。
とはいえ、おしゃれなお店なので(この頭ではちょっと…)と内心どきどきでした。
でも、馴染みの美容師さんにお願いできてひと安心。
その美容師さんは、わたしが予約を入れたときから、
喜びと心配とが入り混じった気持ちで待っていてくれたそうです。

入店して荷物を受付のお姉さんに預けたら、
「帽子もお預かりできますが…?」
と帽子を脱がないわたしにきょとん顔。

思わず帽子を押さえて
「こ、これは大丈夫です…!」
と苦笑いで答えました。

美容師さんと相談した結果、
ちりちりくるくるの部分をぜんぶ切るとかなり短くなってしまうことから、
この日は半分ほど切ってもらって全体の長さを揃えてもらいました。
残りは、もう少し伸びてから切ってもらうことになりました。
根本はまっすぐとのこと\( *°ω°* )/♡

首の上部分は抜けずに生き残っていた髪もあって生えてくるのも早かったのですが、
ど...

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2017/05/23 23:45

「気が変わったら、いつでも連絡してくれていいからね」

全摘を決めたあと、先生はそう言ってくれました。
もうわたしの頭の中に迷いはありませんでしたが、
その言葉にまた先生の優しさを感じました。

まだそのころ痺れていた指で、
手術の同意書に一文字一文字、
ゆっくりとサインを書いたのを覚えています。


この日は、入院時の不安をなくすためのオリエンテーションも受けることになっていました。

わたしが入院する病棟は見学できなかったのですが、
オリエンテーションで案内された病棟はとても静かで、
どこか暗く寂しく感じました。

入院時に必要なT字帯などについても、
そこで聞くことができました。

オリエンテーションが終わったあと、
心配そうにわたしを見つめた看護師さんはやさしく言ってくれました。

「K先生がおっしゃってましたよ。
『あの子はがんばってるね、ぼくがぜったい治すよ』って」

先生はわかってくれてるんだ。

その言葉が嬉しくて温かくて心強くて、
わたしも家族もポロポロと涙が出ました。


次の週は麻酔科の受診でした。

渡されたパンフレットの絵はツッコミどころ満載。

手術までの緊...

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2017/05/22 21:55

19日の金曜日は通院の日でした。
外科と放射線科の診察のほか、
手術後から定期的に通っているリンパ浮腫外来に行ってきました。

腕が疲れやすく、少し固く張っている感じがしていたので相談すると、2cmほど腫れているとのことでした。

二の腕の外側なのでスリーブは使うことはできず、
まだそこまでの差はないことからリンパ浮腫マッサージをしつつ経過を見守ることに。

また、この日は、“セルフケア手帳”というものをもらいました。

測るときは、100均にも売っているという円周測定用のメジャーを使うのがおすすめだそうです。

最近足裏が痛いことを相談すると、
抗がん剤の副作用で痺れが出ていた人が治りかけのときに痛みが出ることがあるということでした。
少し、ほっと一安心。

ぜんぶ終わったあとは、
併設されているレストランに行きました。

店の奥のケーキが並んだショーケースに意気揚々と飛んでいくわたし。

「ケーキのメニューは席に持っていきますよ〜」

笑いながら店員さんにとめられました…。

席について悩むこと数10分。

「ショートケーキでお願いします!」

注文したあと遠くから聞こえた店員さん...

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2017/05/21 23:55

いつもやさしい笑顔で迎えてくれる先生が、
どこかぎこちない表情だったこの日。

「それぞれの腫瘍は小さくなってるんだけど、
間引き状態で広がってるんだ」

先生が難しい顔をして言ったのはそんな一言でした。

先「温存にするとしても、切除する範囲は大きくなるよ」
先「温存の場合は、全部とりきれない可能性もあるし、その分、再発のリスクも高くなるね」

全摘にしよう。
全摘にするべきなんだ。


でも、ここで答えを出せば胸はなくなる。
乳頭はなくなる。
右のおっぱいぜんぶなくなっちゃうんだ。
唐突に襲ってきた実感。


最初のころは、生き死にの問題だったはずなのに。
全摘しかないと思っていたのに。
散らばっているガンは、
手術では取り切れない可能性だってあったのに。
いつのまにか、抗がん剤治療が進むにつれて薄れていた恐怖心。
どんどん小さくなっていく腫瘍に、
温存でもだいじょうぶかもしれない。
もしかしたらガンがなくなっているかもしれない。
想像以上に期待してしまっていた自分に気づきました。


わ「…でも、同時再建という方法があるんですよね?」

先「それはできない。まいこさんの場合、カラ...

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2017/05/20 23:55

抗がん剤治療がおわったあと、
術後のボディイメージをするための教室に参加しました。

最初に聞いたのは、乳がんに関わる術式についての説明です。

乳房切除の方法は全摘と温存手術のふたつ。

何年か前までは温存の人が多かったそうですが、
最近では再発率の低さと再建の技術の向上から全摘を選択する人も増えたということでした。

再建の方法は乳房切除と再建を同時に行うものと、
切除を行ったあと数ヶ月から数年経ったときに再建を行うものがありました。

そのときのわたしは、
同時再建にするか温存にするか。
どちらかの選択肢だと思っていました。

母が病気になったときに先生から術後の患者さんの胸の写真を見せてもらっていたので、
温存と全摘がどういうものなのかはわかっていました。

スクリーンに映しだされた術後の写真は、
はじめてみたときほどの衝撃はなかったけれど、
見ていて苦しくなるものがありました。

わたしは、迷うことなく同時再建にしようと思いました。
少しでも見たときのショックを和らげるために膨らみだけでも残したいと思ったからです。

再建方法は、自分のカラダの一部を移植する方法とシリコンイン...

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2017/05/19 23:55

治療中は、CVポートをよく勧められました。
わたしの血管は細くて見えにくく、刺しづらかったようです。
応援に呼び出された先生ですら、苦戦していました。

メリットとしては苦痛を和らげられることと、
毎週の点滴による血管への大きい負担を防げるとのことでした。

手術跡の傷も目立ちにくいとのことなので埋め込み手術を受けようと思っていたものの、
デメリットの部分も気になり迷いました。

パンフレットには起こりうるトラブルとして、手術中のトラブル(動脈誤穿刺、気胸・血胸)、使用中のトラブル(カテーテル破損、ポート破損、感染、詰まりなど)と書かれていました。

ネットでは、“副作用が強くでる”という不安な情報も見かけました。
“病院側は注射が楽になるから勧めることもある”という噂もありました。

質問サイトにも投稿しましたが、
実際に埋めた方からの回答はもらえませんでした。

最終的に、抗がん剤治療中に診てもらっている内科の女医さんに相談をすることにしました。

「CVポートで副作用が強く出ることはありません」
「できれば女の子だから、傷は増やしてほしくないのでおすすめはできないんですが…」

...

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2017/05/18 22:30

治療がはじまる前にしたことのひとつが歯医者さんへの通院でした。

“治療中は免疫力が弱まり、口の中の細菌によって合併症などが起きる可能性があるので歯医者さんに行きましょう”

そう書かれた紙を病院でもらったわたしは、
虫歯はないものの、念のために歯医者さんに行くことにしました。

院内にも歯科があったのですが、
わたしはかかりつけの歯医者さんに行くことに決めました。

小さい頃から通っているその歯医者さんの先生は、
事情を話すとすぐに予約を入れてくれました。

ネットでは“治療中は口内が弱っていたり、トラブルも起きやすいからと歯医者さんに断られた”というものをいくつか見つけました。

もしかしたら今度は断られるかもしれない…
少し不安になりましたが、先生は「心配だから、また見せに来てね」と次の予約を入れてくれました。

この年齢になってもまだ“まいちゃん”と呼んでくれる先生。
言葉では表せないほどの安心感と心強さを感じました。

心配して詳しい病名を聞いてきた先生の奥さんは、
この若さでのガンに一瞬言葉を失っていたようでした。

会計のときに顔を覗かせてくれた先生は「歯の状態はすごくい...

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2017/05/17 23:50

前回のブログで書いた痺れ以外に副作用としてあったのは、爪の変色です。

病院で見つけたがん患者さん向けのプレスタという通販カタログ。
そこで爪用のキューティクルオイルジェルがあることを知りました。
爪の副作用が心配だったわたしは、事前にそれを購入していました。

何度か黄色くなることがありましたが、
それを塗ると元の色に戻っていきました。

爪は折れないように短くして、
毎晩それを塗りこんで保湿用の手袋をして寝ることにしました。

爪がはがれたりしてしまうことは、ありませんでした。


パクリが中盤に差し掛かったときには、
鼻からツーっと血が垂れてきました。
パクリ中は3回、鼻血がでました。
鼻をかみ過ぎたせいなのか、
抗がん剤のせいなのかはわかりません。
ただ、これまで鼻血はめったに出たことがないので副作用のせいなのかもしれません。


髪の毛は抜け続け、
ウィッグがゆるくなってサイズ調整が必要になりました。
AC療法のときに抜けなかったまゆげは、
パクリの途中から抜けはじめました。
かなり薄くなってしまったので、
外出するときはアイブローで描くことにしていました。


7クール目が...

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2017/05/16 22:50

はじめて注射を打って、
3日目から現れた足の筋肉痛と頭痛。

2クール目には腰痛がはじまり、
4クール目からは全身に痛みが出始めました。

朝ベッドから立ち上がったときに足裏にジンジンとした痺れを感じたのは、
7クール目を迎えたころでした。

日に日に強くなる足の痺れ。
それは朝だけではなくなりました。

歩いているときには躓きそうになり、
座っているときには足裏が痛むようになりました。

まだまだ続くパクリタキセル。
痺れは、もっと酷くなるかもしれない。

そんなとき、母はわたしに言ってくれました。

「かわいい杖を探してみようよ」

母の提案は、いつだってわたしの気持ちを楽しくさせてくれました。

足が悪いから、仕方ないから
買うのではなく、
足を守るために、歩くために
かわいい杖を買う。

すぐに杖が売っている場所を調べたものの、
なかなか見つかりませんでした。

通販で見てみることにしたわたしは、
すきなキャラクターの名前をキーワードにいれて検索しました。

それから数日、ムーミン谷の仲間たち“ミィ”の赤い杖が家に届きました。

まだ歩けるのに、
杖を使っていいのかな。
もっと...

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2017/05/15 22:55

“母の日”前夜祭のあとは、
国際フォーラムへ。

人生で三度目のまっきーのコンサートに行ってきました。

母が好きだったことから、
わたしは槇原敬之さんとMr.Childrenさんの曲を聴きながら育ちました。
だいすきな方たちです。

昨年末、手術後で放射線治療中ということもあって、
母もわたしもなんだかいろいろあって頭がいっぱいで行ける気分ではなかったのですが、
「いつもままもまいちゃんも頑張ってるから」とチケットを取っておいてくれた姉。

「そのときになって、行けたらでいいから行こう」そう言ってくれた姉に感謝しています。

この日、行くことができて、とても嬉しかったです。


途中ホットフラッシュが出てしまったり、
右腕が痛くなってしまったりしましたが、
泣いて笑って、充実したすてきな時間が過ごせました。

槇原さんの声は、まるでブランケットみたいにやさしくココロを温めてくれます。

やっぱりココロを浄化する時間は大切だと感じました。

ライブで会うたび、声を聴くたび、
本当に槇原さんは温かくてやさしい方なんだなぁと思います。


乳がんになってから、
改めて毎日を大切に生きたいと...

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2017/05/14 20:25

明日は母の母、つまりは祖母と親戚で集まって“母の日”お食事会をします。

というわけで、今日はわたしの母の“母の日”前夜祭を姉と計画しました。

(母のゲシュタルト崩壊…。)

何を食べるか、どこに行くのかは内緒。

「時間を空けておいて!」
「甘いものを食べに行こう」

母にだいすきな“さくらんぼ”をたくさん食べてもらいたくて、検索に検索を重ねて見つけ出したお店!

予約が埋まっていてちょっと待つことになったけれど、
「おいしい!」と喜んでくれました(*^-^*)

抗がん剤治療も手術も、25年間の人生すべて母がいたから乗り越えられました。

母はどんなときも、わたしの生きる希望です。

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2017/05/13 22:40

「コップに1杯のビールは飲めますか?」

パクリタキセルがはじまる前、
乳腺内科の先生にそう聞かれました。

AC療法に比べて、
一般的には吐き気がほとんど出ないといわれるパクリタキセル。

今度は気持ち悪くならないかも!

バンザイするほど嬉しかったけれど、
パクリにはアルコールが入っているということを知って、
すぐに肩を落としました。

わたしはお酒に弱く、
缶カクテルでさえ半分しか飲めません。
しかも氷で薄めて飲んでいます。

先生に相談したわたしは、
点滴の中に吐き気どめを入れてもらうことにしました。


やがて週1回12クールのパクリタキセルがはじまりました。

点滴時間は吐き気どめにより、
予定の1時間30分から2時間30分くらいまで延長。

数分で強烈な眠気に襲われ、
気付くと点滴は終わりを迎えていました。

ふらふらとおぼつかない足取りでお手洗いへ。
トイレから出ようとした時、気持ち悪さが一気にやってきました。

その日、わたしは抗がん剤をやって以来はじめて吐いてしまいました。

このことを先生に伝えようと、
母に寄りかかりながら歩いて外来に向かいました。

診療時間は...

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2017/05/12 23:55

「抗がん剤を半年やってガンが消滅した知り合いがいるのよ」

電話口、親戚のおばさんがそう言っていたそうです。

完全になくなるなんてことあるのかな。
少しでも小さくなることを願うしかないんだ。

そう思いながらスタートした抗がん剤は、
2サイクル目を終えようとしていました。

その頃、超音波検査をすることになったわたし。

どきどきしながら聞いた結果は、
嬉しいものでした。

腫瘍の大きさは5.4cmから3.8cm、
リンパは3.2cmから2cmにまで小さくなっていたのです。

もっと小さくなりますように。
そう願いました。


最初は見た目さえ怖かった赤い点滴にも見慣れた頃、
ようやく最後の日を迎えました。

一番気持ち悪かった日を除いて、
いつも気にして歯を磨くようにしていたからか、
副作用としてあげられていた口内炎はできませんでした。
また、シミや爪が黒くなることもありませんでした。

でも、3サイクル目から腕や肩、背中、皮膚に痛みを感じはじめました。
AC療法の副作用には、めったにない症状とのことだったので抗がん剤のせいなのかはわかりません。

4サイクル終了時点の結果、
リン...

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2017/05/11 23:50

強い吐き気が治まっても、
胃もたれや倦怠感のようなものがカラダの中を停滞していました。

「なんか気持ち悪い」

口癖になった言葉をつぶやきながら、
ソファに横になって自分の体調と相談する日々。

しばらくはお茶を飲むことすら想像できず、
普段から好きだったグレープフルーツジュースを飲んでも問題はないか病院に確認し、
それで薬を飲むことにしました。

食べることがだいすきだったわたしが、
白いごはんも味の濃いものも、
なんだか食べる気分になれなくて、
唯一頭に浮かんだものはポトフでした。

母に作ってもらったポトフは、
とてもおいしくて、
味わって食べられることが嬉しかったのを覚えています。

その他には、蒸し野菜がお気に入りでした。
さっぱりしたぽん酢に大根おろしを入れて野菜を食べられるだけ食べました。

また、この頃のわたしは、
匂いにも敏感になっていました。

今まで使っていたものも匂いがきつくて、
無香料にしたボディーソープの匂いも、
まるで接着剤のような臭いに感じられました。

息を止めて手を洗い、
顔を洗いカラダを洗いました。

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2017/05/10 23:50

「髪の毛を洗ってほしい」

母にそんなお願いをしたのは、
最初の抗がん剤を打ってから1週間ほど経ったときでした。

覚悟はできたつもりでいても、
髪が抜けていくのを手の平で感じるのは
どうしても怖かったのです。

病院からもらった抗がん剤の手引きによると、
薬を注射してから2〜3週間が過ぎたころに脱毛がはじまるということでした。

2週間と少し経った頃、
姉が1週間の出張から帰ってきました。

わたしの髪の毛は、
姉の出張の帰りを待っていたように抜けはじめました。

洗ってもらっているとき、
目を少しだけ開けると
パラパラと流れていく髪の毛が見えました。

乾かしてもらうとき、
洗面所の中には大量の髪の毛が落ちました。

歩いているとき、
髪の毛が落ちるようになりました。

ヘアーキャップが手放せなくなり、
わたしは写真のように、
しめじ仕様になりました。

家族には、ぶなしめじならぬ“ふなしめじ”と呼ばれました。

やがて、たくさんの髪が抜け、
呼び名は変わりました。

“ウッドストック”

母がそう呼んで、
やさしく微笑んで、
帽子を被せてくれたから、
わたしは笑顔になれました。
...

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2017/05/09 22:55

母が乳がんだったことから、
病院で勧められた遺伝子検査。

結果によっては新薬の臨床試験に参加できる可能性もあり、
本来なら高額な検査も無料で受けられるというお話でした。

検査を受けることに決め、さっそく血液を抜いてもらうことに。

注射続きだったわたしは、
本来なら今日は血を抜かない日なのに…と悔しがりながらその日を終えました。

AC療法の副作用が少ない日を選んで、
結果を聞きに遺伝子外来へ。

先生によると、
遺伝性の乳がんである可能性は低く、
DNAに起きた変異が原因と考えられるとのことでしたが、
今回の臨床試験には関係のないものでした。

その後の先生のお話は、
再発のリスクや別のガンの発症リスクについて…
難しいことがいっぱいで目眩がしそうでした。

とにかく今ある病気を治すんだ。
そう思ったわたしは、
抗がん剤治療に専念することにしました。

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2017/05/08 23:30

無事に約60分の点滴を終えたわたしは、
母が運転してくれる車に乗り込みました。

最近は吐き気どめもよくなっていると聞いたし、
きっと乗り越えられるはず。

そう思っていたわたしに、
少しの気持ち悪さが襲ってきました。

このままじゃダメだ!

そう思ったわたしは、
借りてきていたセカオワのDragon NightのCDを流してもらいました。

「ドラゲナイ♪ドラゲナイ♪」

わたしは熱唱しながら、
コンビニで買ったおせんべいをバリバリと食べて、
なんとか朦朧とする意識をはっきりさせようとしていました。

わたしは元気。
わたしは大丈夫。

そう言い聞かせても、
時間が経つほどに増す吐き気。

当時は一軒家に住んでいて、
寝室は2階にあったので、
リビングにお布団を持ってきてもらって倒れ込むように眠りました。

目が覚めると、猛烈な倦怠感と気持ち悪さ。

でも、トイレまで這っていっても、
吐くことはできませんでした。

なんとか眠りについても、
いずれは目が覚めてしまう。

起きてしまったときは、
どん底の気分でした。

「目、覚めなければよかったのに」

家族からの質問に頷くだけで精...

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2017/05/07 23:00

抗がん剤治療がはじまったら、
いままでみたいに動けなくなるかもしれない。

免疫力も下がるし、人が集まるところには行けないかもしれない。

そう思ったわたしは、
治療がはじまる前に叶えたいことを実現していくことに決めました。


だいすきなふなっしーに会いに行く。

だいすきなコブクロとだいすきな東京タワーがコラボしたライティングショーを見に行く。

普段はなかなか行けない夢の国に行く。

しばらく会えていなかった親友に会う。


短い日にちの中で少しずつ叶えた夢。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、
とうとう治療開始日になりました。

ベッドか椅子での点滴を選ぶことになったわたしは、
空いている方に案内してもらうことにしました。

ベッドは人気があるようで、
向かったのは椅子だけが置いてある小さな部屋。

先生は腕を何回かパシパシと叩きましたが、
わたしの血管はうまく刺さりづらいようです。
何回か刺し直したのち、手首に注射することになりました。

手首に注射するのは、
それがはじめてでした。

看「痛かったら液が漏れている可能性があるのですぐに教えてください」

わ「これは…結構痛い...

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2017/05/06 23:50

できることは何でも試してみよう。

わたしたち家族は、
抗がん剤治療がはじまる前からできる、
ガンとの対決方法を探しはじめました。

まずは、手づくりの野菜ジュースがガンに効くという噂を聞き、
ジューサーを探しに電気屋さんへ。

スロージューサーがおすすめという情報に、迷いながらもちょっと高めのその機械を買いました。

「ゴリラの食事みたいだな…」

カットした野菜と果物をボウルいっぱいに盛りつけながら、母がそう言いました。

その光景は、まさに動物園。

ジューサーにかけると、
搾りかすがたくさん出てきます。

残ったカスを見て、そわそわするわたし。

「ねぇ、これ捨てちゃうの?」
「捨てるよ」

「ねぇ、何かに使えたりするみたいだよ?」
「とりあえず捨てるね」

作る行程を見ている母にとっては、
なんとなく食べる気がしなかったようです。

「今日は使ってみようか」

そう言ってくれたのは、
緑の野菜を含まないにんじんとりんごで作るにんじんジュースのときでした。

ドライカレーとふりかけを1回ずつ。

母はやっぱり搾りかすに抵抗があるようでしたが、
わたしはとてもおいしく食べられまし...

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2017/05/05 23:55

去年の10月に手術したあと、
ずーっとついていた根強いかさぶたが、やっとこさはがれました。+.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.+。

すっきり!
さっぱり!

傷を守ってくれてありがとうね(*˘︶˘*).。.:*♡

お疲れさま!かさぶた!
さらば!かさぶた!

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2017/05/05 10:00

髪が抜けるのを見たくなくて、
いっそのこと坊主にしてしまおうかという考えが過ぎりました。

でもネットで調べて目にした情報は、

「頭皮が傷つくからやめたほうがいい」
「抜けた髪の毛が落ちて背中に刺さる」

というものでした。

もともと坊主にするのも勇気が出なかったわたしは、
髪の毛を短くすることに。

突然ベリーショートになると慣れなそうなので2回にわけました。

ショートカットの写真をたくさん見て、
家族に意見を求めました。

「これがかわいいかな?」
「いや、それじゃあ今とそんなに変わらないでしょ」
「じゃあこのくらいならいいかな?」
「だめ。このくらいまで短くしないと…」

いままでしたことのないような短い髪の毛に勇気が出ないわたし。

顔周りを髪の毛で隠してたのに全面に顔が出るじゃないか…!
これじゃ…
もっと3D?4D?になっちゃうよ。
恥ずかしい…っていうかどちらにしろ抜けますやん。

頭の中で自分にツッコミを入れながら、最終的には6cmくらいまで短くなりました。

それからの毎日。
鏡を見るたびに思い出すのは、
自分がガンだという事実。

何があっても明るく乗りきるん...

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2017/05/04 19:45

仕事を休むことを決めて、
はじめて意識した自分に起きていること。

いままでは会社と繋げて考えていたこと。

検索する文字列は、

“乳がん 休職”
“抗がん剤 仕事”

から

“24歳 乳がん”
“抗がん剤 副作用”

へと変わりました。

検索しては不確かな情報に左右される日々。

そんな中で見つけたのは「余命1ヶ月の花嫁~乳がんと闘った24歳最後のメッセージ」というタイトル。
むかし耳にしたことがあるノンフィクションのドキュメンタリー番組の内容が書かれたブログでした。

当時のわたしは、このタイトルをどんな気持ちで聞いていたかな。
かわいそうとか悲しいだろうな、とか、そんなくらいにしか思っていなかったかもしれない。

今のわたしには、そんな言葉じゃ片付けられませんでした。

きっと彼女はわたしよりも重い症状なのに、
他人事とは思えないまま、
恐る恐るページをひらき、先を読みすすめました。

そのブログを読んで、
病気の重さと進行の早さがリアルに感じられました。

ときどきやってくる、
最初のころにはなかった胸のチクチクとした痛み。

こうした瞬間にも、
わたしの胸の中にいるガン...

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2017/05/03 23:55

「まいちゃんが死んじゃったらどうしよう」

お風呂に浸かっているとき、
母と姉の話し声が聞こえてきました。

押し殺すように泣きじゃくる母の声。

「もっとはやく気づいてあげるべきだったのに」
「ままが病院に連れて行くべきだったのに」

たくさん聞こえてきた後悔の言葉。

母のせいじゃないのに。
わたしがあと回しにしたのに。

だいすきな母を、
こんなに悲しませてしまっていたんだ。

「ままのときだって、おかしいと思って病院に行ったのに」

母が乳がんになったのは、
38歳のときでした。

なんとなく乳がんを気にしていた母は、
しこりに気づいて病院に行きました。
検査の結果、問題はなし。
それでも気になった母は違う病院に行き、
乳がんと診断されました。

当時中学生だったわたしは、
学校から帰ってきて、
その事実を聞き、
頭が真っ白になりました。

母はどうなってしまうんだろう、
怖くて怖くて涙がとまりませんでした。

あのとき、
母は一人で病院に行って、
どんな気持ちだったんだろう。

一人で告知を受けて、
どんな気持ちで仕事に向かったんだろう。
どんな気持ちで病気と闘っていたんだろ...

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2017/05/02 23:35

「検査の結果がわかったんですけど…乳がんでした」

ガンがわかった日の病院の帰り道。

電話越し、
言葉を選びながら、
苦笑いで部長に伝えました。

何と返されるのか怖くて、
自分で言葉にして実感をするのがすごく怖くて、
なかなか電話をかけるボタンを押せなかったことを覚えています。

そのころ、咳がとまらなかったわたしは、
咳のせいで病院に行っていると思われていたようです。

部長は信じられない様子でした。

次の日、朝から相談の時間を作ってもらったわたし。

精密検査の用事で、
急遽仕事を休むことを謝りました。

「命のほうが大事でしょ」

そう言ってくれた部長に、
とても安心しました。

副作用の強さと仕事の忙しさ。
今後はじまる抗がん剤治療にあたり、
家族から休職を勧められました。

それでも、

本当にわたしは休んでいいのかな?

まだからだが元気だったわたしは
休むことに抵抗がありました。

“乳がん 休職”
“抗がん剤 休職”

何度も検索し、休職をせずに仕事をしているという人を見つけ、本当に休んでいいのか不安になりました。
もっと頑張らなきゃいけないんじゃないかな。

で...

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2017/05/01 23:55
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