マーブルパンダさんの日記 (子宮頸がんの日記)

すべて
子宮頸がん

今日は一日アルバイト。立ち仕事でした。
外だったので寒い‥

んん?

そう、病気を乗り越えてから寒すぎると体調が悪くなるのをまた忘れていてのです、日々平和すぎて( ; ; )

明日からカイロを持ち歩こうと思います。

ほんと健康すぎると普通の健康体と違うことをすぐ忘れてしまいます‥

22 view
2017/10/18 23:09

入院の治療はひたすら点滴でした。
絶飲食。

同じ部屋のみんなはかなり気を使ってくれました。この入院中にまた同室の方が亡くなられました。

前日まで元気な方が急変で亡くなったのも何人目だろう‥明日は何が起こるかわからないということを身に染みて感じました。

点滴の時間以外‥
何と私は病院脱出を繰り返していました。そう、脱出魔の別の部屋の方と仲良くなったのです。

今はほぼ無くなった全館放送で何度呼び出されたでしょうか‥笑

39 view
2017/10/15 11:53

数日間体調不良が続いていました、

忙しすぎて薬を飲むのを怠っていました、
目眩、過度な疲れ。

薬が減っていない。そこで初めて気づきました。薬の飲み忘れ。

私の体は毎日欠かさないプレマリンによってかなり左右されます。
一生付き合っていかなきゃいけない薬‥
なんだか納得いかなくても、生きるためには欠かせない薬(o_o)

忘れないように飲まなきゃです。

24 view
2017/10/14 22:07

髪を切りに行きました。
だんだんとやせ細り薄くなる髪の毛を見るのは痛々しい気分になります(*_*)
美容師さんにもここだねぇって2人で話をしたりします。

ウィッグなしでは恥ずかしくて歩けません‥

でも、ウィッグ1つで気分が明るくなります。
髪がどんどん無くなっても元気だし毎日楽しい。前向きに今日もシャンプーします(^^)

どうか他の方も、抗ガン剤これから受ける人も‥髪の毛なくても毎日楽しいよって少しでも伝わってますように。何人が読んでるかわからないけど‥

21 view
2017/10/08 21:02

手術を行ったあとホルモン剤をずっと飲んでいることもあり、乳がんになるリスクが人より高いから定期的に受けるよう言われています。

そんな時です。
数年前の検査で、検査終了の折、お腹の肉をつままれて、ハイおしまい!っと医師に言われました。確かに太ってたけど

今から思い出しても怒りしか湧いて来ません‥
市の検診センターだったのにこんなことって‥

33 view
2017/10/06 12:21

5度目。まだまだ続くのですが‥
それは突然の腹痛から始まりました。

腹痛からの熱、そして過呼吸。
救急車で運ばれたのちの病名は腸閉塞。
放射線による癒着が原因だろうとのこと。

前と同じ病室へ出戻りです。

副作用として説明は受けていました。
そして、この腸閉塞の入院中に同じ病室で子宮ガンで手術された方がほんとに夜中に急変し、亡くなられました。
死因は癌ではなく腸閉塞。

恐ろしい病気だなぁと‥ほんとたくさんの方が亡くなられるのを目の当たりにしていたのでこの時にはもう死に対する恐怖は全くなくなっていました。
そしてこの入院を前に結婚前提に付き合っていた彼とは別れました。

原因は私が病気をした時に初めて聞いた言葉。子供できなくても大丈夫だよ、だって俺も昔から出来ないって言われてるから‥。でした。
本当か嘘かはわからない、優しさなのかも知れないけれど、私が完全に産めなくなったトドメが刺さった後にそう告白して来たからです。

四年近く付き合っていましたが一気に熱が冷めました。闘病中に何度かお見舞いにも来ましたが追い返した日もありました。しかも遠距離。何故か私の怒りは頂点に達してしまったの...

もっと読む

61 view
2017/09/18 09:00

私は病気の為に不本意に20代で閉経しました。
生理痛がもともとひどく、それがないのは嬉しいのですが、違う意味で背負った?ものが大きすぎました。

一生ホルモン剤を飲む生活。
そのことによって乳がんになりやすくなるとのこと。でも飲まないと嘘のように体調が悪くなります。

術後すぐに出たのが更年期。ホットフラッシュが激しかったです。
顔から上が熱く、汗が出る。イライラする。
薬を飲むことでそれが落ち着く。

もう薬を飲み続けてもう20年弱。
ほんと飲み忘れたら体調悪くなるから飲み忘れることなく続けられています。

体は正直デス。

38 view
2017/09/13 22:20

抗癌剤に放射線という鬼のような3ヶ月をそつなくこなし?無事退院。

ほんとにこの3ヶ月はいろんな人と仲良くなり、そしてたくさんの仲間と病室で別れた3ヶ月でした。

朝起きたら同室の仲間が急変して他界もありました。


もう2度と入院なんて嫌だと思った退院。
入院中に一時外泊で自宅に帰るも過呼吸で運ばれ病院に運ばれることもありました。

きつい3ヶ月を乗り越えた私はまた近いうちに入院になるなんて全く考えてもなかったなです。

31 view
2017/09/10 23:18

抗癌剤に対しての知識が全くなかった私にとって、点滴での投薬と聞いてかなりの驚きでした。

ひどい吐き気があるってみんなはなしてたけど、以前に放射線治療で散々苦しい目にあってたので、実際はえ?こんなもの?な感じ。

血管が細いためルートを取るのに15分以上かかりさした針が痛いくらい。
点滴の後も多少の気だるさはありましたが、食欲も対して落ちず。放射線に比べるとなんだ、こんなものかって感じで、実際それほど辛くありませんでした。

髪の毛も抜けても良いように短く切ってましたが全く抜けず‥。
同じ病室で子宮体癌の20代の方がおられましたが、その方は坊主に剃って、或る日突然病室のみんなを驚かせてくれましたが、辛い病気の方ばかりの病室が楽しい部屋だったので、ほんと救われました。

でも実際のところ抗癌剤はたいしてしんどくないというのが本音でした。
それより魔の放射線治療の方が恐ろしくて‥笑

39 view
2017/09/08 23:12

術後10数年経った今、後遺症がいろいろ未だあるのですが、忘れてました。

放射線による後遺症、尿漏れ‥
切実な問題ですが、行きているので我慢しなくちゃ。

パッドと、バップフォーという飲み薬で対応してます。

内部から放射線を当てて、焼いたぶん、筋力も弱まってるのかな‥

でも生きてるから良しとします‼︎^_^
髪の毛の後遺症よりよっぽどマシだー♪

48 view
2017/09/05 23:55

毎年この季節になると怒涛の手術3連発を思い出し、いろいろネットサーフィンをしてしまいます。
(7月腫瘍摘出、8月円錐、9月全摘)

何を調べるのかというと今の手術とか闘病記とかです。

すると、私の時はほんと拷問のように苦しかったラルス治療が嘘のように楽になってる。

なんか、今はとっても進歩してるみたいで‥(じゃないと困るけど)それでも闘病記とか読んでると不安がる患者さんたちはいるけども私に比べると何を悩んでるんだというものが多いという‥。

それを見てまた凹む私、秋は嫌いです笑


20代の発病は驚くほど進行も早く、出産も経験していなかったし痛みに弱い。そして精神的にもまだ子供。その後経過観察まで回復するも、結婚までに一悶着、結婚後はなんも知らない人からの子供はまだ?口撃。私の人生のほとんどは逆境という‥笑

精神的に鍛えられました。

病気後過呼吸に何度もなりました。
リストカットもしそうになりました。


今手術を控えて悩んでるママさんたちに言いたい。出産を体験されたママは強い。守るべきお子さんもいる。悩んでる場合じゃないよ!頑張るしかないんだよ!って。めそめそしてる間には治っ...

もっと読む

65 view
2017/09/03 23:07

前回書いた日記の続編です。
放射線治療の続編。今度はお腹に当てる箇所に印をつけて外から当てる治療です。

前回書きましたが壮絶な治療をすでに何度か続けてたので外からなんて全く何の抵抗もなく終わりました。

食欲なくなる?気持ち悪くなる?
そんな副作用なんて全く無縁でした。
こんな楽なん?

もう子供が産めないことにとどめを刺された今、怖いものなんてなんにもありません。
前回の治療の後のぐったりさに比べると全く比べ物になりません。

そうやって治療を重ねていくうちに、抗がん剤治療を始めるということになったのですが、壮絶治療をしてる私にとって抗がん剤も正直楽勝なのでした‥。

髪が抜けるかもしれない?
そんなことはほんとどうでもよかった。
髪なんて抜けてもいいから赤ちゃん産ませてよ。

子供さん何人も産んで、抗がん剤治療に抵抗してる人を見ると気分はドン引きです。
甘ったれるな!と言ってあげたい。
それよりも自分の娘がこんなことになってる両親が可哀想で仕方ありませんでした。

父は免疫力を高めるためのすごい高いドリンクを買って来て(これがほんとにまずい)私に飲ませようと。うちは貧しい家庭なの...

もっと読む

59 view
2017/08/31 18:56

放射線治療と聞いて思いつくのはお腹に印を付けて外部からレントゲンのように当てるというものでした。

だけど、そんな軽いイメージを一瞬で覆す治療が待っていたのです。

子宮頸部肉腫からの再発。
全摘からの再発。

子宮がないのに将来の医療の進歩に望みをかけて残していた卵巣にとどめをさす治療です。

前例のほとんどない病気。肉腫の中でもよく聞く骨肉腫とか筋肉の肉腫とは違うタチの悪いもの。放射線室に入ると数十人の先生と医学生、技師。

脚を広げてください。

カーテンの向こうには男の先生がズラーっと‥もう考えられなくて泣きわめきました(ハタチソコソコの娘にはキツすぎる)。

説得されて脚を開きました。膣に放射線の器具、太い棒を入れて内部から当てるというもの。入れるのも痛いし、ずーっと数十分泣いてました。終わった後はぐったり。

何度も言われた言葉、あなたの病気は前例がほとんどないから、治療方針も確立されていない、だから手当たり次第やって見て、どの治療が効果あるかやってみないとわからない。

海外の病院と連携も取り、相談しているとまで言われると、何も言えない‥

そんな悲しみの治療が幕を開けた...

もっと読む

96 view
2017/08/29 09:33

生きてることが一番大事

義足の女の子が話してたけど、ほんとそれ。
髪の毛抜けて生えてこないけど、子供産めないけど、生きてることが一番大事。

身を以て体験しないと言えないことだなぁと。

死ぬほど恥ずかしかった放射線治療を頑張ったから今がある。(後日書きますね〜)
手術台て暴れたけどそこで折れて手術してもらったから今がある。

24時間テレビなんて、お涙頂戴番組じゃんと若い頃は思ってましたが、年をある程度重ねてきたら、障害者の方たちの一言一言がほんと身にしみます。

さあ、今年も泣くぞ!笑

38 view
2017/08/26 18:43

病気になってから体質が変わりました。

⑴体内に熱を閉じ込めやすくなり熱射病率がハンパない。熱を帯びて数時間後に激しい頭痛と吐き気に襲われす。

⑵扁桃腺が腫れる

⑵に関しては病気になってから疲れを溜めたりするとよく熱を出し、激しい喉の痛みに襲われてました。
結局病院の先生の勧めで扁桃腺を取ったのですが咽頭炎になるという‥笑
あまり意味がありませんでした。

熱射病も病院に点滴とか言ってましたが最近はOS-1で対応してます。
ロキソニン等が全く効かなくなるので。困ったもんだ。

41 view
2017/08/24 16:55

旅行の翌日の入院です。
余韻となんもない感じ‥。

次の日の手術自体は今までのものに比べると比べられないくらい楽勝でした。

レーザーで膣を焼く。
もちろん内部から。
手術は全身麻酔、なんとその日は某有名アーティストの病院慰問ライブもあり、麻酔から覚めて即、車椅子で聞きに行きました。
若い娘はそんなことするから‥後で激しい頭痛に見舞われるとは思ってもいなかったのです。


入院した部屋は前と同じ賑やか病室。みんな重症患者なのでメンバーは変わらず。
今回違うこと。それは、抗がん剤治療と放射線治療が待っていることでした。

子宮を全摘した私は少しの望みをかけて卵巣を残してもらってたのですが、放射線とならば卵巣にも当たるのでもう卵子を取る希望がなくなる説明を受けました、、そう、とどめを刺されたのです。

53 view
2017/08/22 07:18

病気になって良かったなと唯一感じたこと、それはプラセンタが保険で駐車できるということ‥


体調が優れない時に先生に勧められて注射しました。疲れが取れにくい、疲労が溜まりやすい、肌が荒れるといった閉経後の症状も注射を週一で打つことによって回復しました。

体調がだいぶん良くなったのだ今は打っていないのですが、髪の毛がかなり薄くなったのでまた通おうかと迷ってます。

診察のついでに打ってもらうことも可能なのですが、せっかく保険適用出し、抗がん剤を使用して献血もできなくなってるのでどうせ献血できないならプラセンタ打とうかなぁと。

確かプラセンタ打っても献血できなくなるはずなんで‥

50 view
2017/08/21 22:31

初めての海外旅行を来週に控え、いつもの定期検診に行きました。

毎月の細胞診の結果ご告げられたのでした。

即日入院できる?


まさにはあ?って感じ。
いや、来週に旅行なんだけど‥帰ってからじゃダメですか?

再発です。
あなたは若い、進行も早い(23歳)
1日も早く‥

それでも旅行に行きましたが、心から楽しめなかったです。
初の海外旅行は再発の告知の後でした。

旅行から帰国の翌日、4度目の入院をするのでした。

53 view
2017/08/20 13:54

お腹の傷も繋がり、悪いところは全てとったとのことで退院が決まりました。
今回の入院で同室の人たちに励まされ、気持ちも前向きに退院することができました。


退院後に約束してた旅行に行ったり、仕事にも復帰して、以前の生活が待って居ました。



子供を産めなくなり、街を歩く子供たちを見て涙したり、親子の姿に涙ぐんだり。この症状は17年経った今でもです。

だけど生きてるだけで満足しなければと‥そう思って毎日生活して居ました。

半年後には初の海外旅行を控えて居ました。
全摘後は毎月検診に。

48 view
2017/08/19 11:41

この三日間旅行中で、見事にホルモン剤を持って来るのを忘れたことにより2時すぎには電池が切れるという、自分の体が普通じゃないのだなぁと思い出しました。

いつもはプレマリンを毎朝服用して1日元気に過ごしているのですが、飲まないとやはりしんどい。

帰ったらしっかり休んで体をいたわります‥

41 view
2017/08/14 13:49

病気になる前、10代の頃の話。
今思えば、生理痛がとにかくひどかったです。しかも長い。10日くらいしんどかったので体育も休んでました。

仕事を始めてからもしんどさは止まらない。
今思えば病気になる兆しだったのかもしれません。

産婦人科も敷居が高く、初めての診察は生理が半年なかった時。そう、生理も飛び飛びになり、それも兆しだったのかもしれません。


不調がある人はすぐ病院に行かないと行けないと思ったのは自分が取り返しのつかない状況になった後でした。

50 view
2017/08/11 09:47

新しい病室での生活が始まりました。
持ち込んだものもたくさん。
まず大好きな手芸‥ひたすら無になってました。
同じ部屋の人とお茶を飲んだり、和やかな日々でした。

抗がん剤治療を行ってる人も終わってナースコールの時に「ごちそうさまでした、完食です」と言ってみたり笑

看護婦さんもここのお部屋は楽しくて元気になるねって話してくれました。

病気の症状は一人一人違うけど、しんどい人がいたらみんな静かにテレビを見たり、本を読んだり、私は食堂や院内にあったドトールでお茶を飲んだり。毎日それなりに充実してました。

57 view
2017/08/08 19:34

全摘手術は、産婦人科で響く赤ちゃんの声に毎日布団をかぶって泣いていました!が、看護婦さんにある情報を聞いたのです。

奥の5号室、いつも賑やかでしょ?
あのお部屋は癌患者さん、しかも大きな手術をされた方ばかりなんです。
みんな明るいでしょ?
賑やかでしょ笑


‥て。
そう、私が嫌がった部屋の患者さんたちでした。みんな辛いのを乗り越えようと明るく治療されてるんだ。そう思うと「部屋を変えて欲しい‥」

そう、賑やかな部屋に変えてくださいと自分で話してました。
そしてお部屋のお引越し。

部屋のメンバーで私が最年少でしたが、私の次に若かった方がまず挨拶に。
「こんにちは、いらっしゃい」そう話した彼女は帽子を脱いでツルツルの頭でお辞儀をしてニコッとしてくれました。

絶対この部屋にいたら元気になれる!そう確信したのでした。

カーテンなんて一日中オープン。みんなで些細な話も笑って過ごして‥

62 view
2017/08/06 12:28

全摘翌日、背中の硬膜外麻酔?の効果も感じられないまま、激痛の中歩行練習が始まりました。

開腹手術なのでやはりお腹も痛い!
2週間の入院とのこと。とりあえず早く仕事にも復帰したい気持ちいっぱいで、たくさんリハビリしました。

切り取った子宮にやはり肉腫が飛んでいたので取った甲斐がありました。
リンパへの転移はなかったので、毎日のリハビリが退院までの近道と、ほんとよく院内を歩いてまして‥よく院内放送で呼び出されてました笑

56 view
2017/08/03 16:22

3度目の手術は、1度目の手術からわずか3ヶ月後でした。

入院の翌日が手術。
今すぐ入院してくださいと言われました。
このままだと来年の今はないと23の時に言われたことは鮮明に今でも覚えています。
大泣きしました(-_-)


手術当日も、始まるまえには30分ほど手術台の上で暴れました‥

麻酔が効き、7数えて意識が飛びました。
頭痛とともに目が覚めた時には全てが終わっていました。

もう悪いところは全て取れたので‥と。
ほんとかなー、と思いつつ。
お腹の傷は思った以上に痛くて、心の傷はさらに大きなものになりました。

これで治る、良くなると信じてました。

芸能人の方のテレビやブログの出産報告に未だにもやもやします。笑

72 view
2017/07/31 09:39

退院後、手術でとった細胞検査の後呼び出しがありました。

即入院してください。
あなたの場合は、ガンよりも進行の早い肉種です。(数百万人に1人とか‥)
このままだと来年の今はありません。
子宮全摘をしましょう。

まだ20代前半の私は、もう目の前真っ暗‥
自暴自棄になっていました。

結果、入院したんですけどね‥。

3度目の手術もまもなく。
入院した部屋はガン患者ばかりの部屋で、みんな私のテンションとは全く違い、ハイテンションな方ばかり。病室を変えてもらいました。

後にこの部屋の方達に救われるのですがそれはまた後の話。

子宮全摘手術を受けることに。
もう私の性格は真っ暗。
入院前はほんと自暴自棄で、ハサミで新聞紙をひたすら切ったり、訳のわからない行動を繰り返してました笑

子宮全摘手術、手術台の上で大号泣したのは忘れられません。
寝て起きたら子供が産めなくなってる‥
当時付き合っていた人もいたのですが、母になれないのがほんとに悔しくて悔しくて泣き喚いてました。


麻酔を打ち、眠りにつきました。
その日は亡くなった祖母の納骨の日。49日でしたが、両親側についててくれました。


...

もっと読む

139 view
2017/07/28 14:18

初めての手術から17年経った今、3ヶ月に一度の通院、毎日のホルモン剤の錠剤を飲んでいます。

ホルモン剤を飲まずにいたら、やはり体は正直で体調が良くないので忘れずに飲めています。

通院も、内診は一年に一度、あとは薬を処方してもらったり、体の変化など先生に報告したり。
血液検査を半年に一度くらい?行なっています。

病気の後髪の毛がすっかり元気が無くなったのでヽ(;▽;) プラセンタを個人的に取り寄せて飲んでいます。

皮膚科にも通って髪の毛の相談をしていますが、閉経後のおばあちゃんとか髪の毛薄くなった人居るし、そう考えたら仕方ないのかな‥。部分ウィッグもすっかり体の一部に馴染んでくれています。

無くはないけど、それでも髪の毛もう少し生えて欲しいなぁ‥そんな夜。

78 view
2017/07/25 22:34

2度目の手術は円錐手術。
たくさんの方が軽減されているものでした。

手術はしても子宮は残るから、子供は産めるからねと。


今思えばあの時の望みはなんだったんだろうと思いました。
夜中に病棟で泣いている赤ちゃんの泣き声を聞いて毎晩泣いていました。

全身麻酔の手術。
まだ若すぎた私には納得がいかないことだらけで、布団をかぶって毎晩泣いてたなって思い出しました。
なんで私なんだろう‥
そればかり考えていました。

10日入院ののち退院しました。

64 view
2017/07/22 22:42

2度目の入院が決まり、気がどうかしてしまってました。

紙をハサミでひたすら切ったり、行き先もなく遠くまで歩いたり。
だけど次の入院まで日にちはありませんでした。

入院した病棟はもちろん産婦人科。
まだ20そこそこだった私には何よりその環境が苦でした。今から思えばあの時頑張ったから今があるのですが、当時はほんと精神的にきつかったです。

大学病院なので妊婦さんもいる、赤ちゃんも泣いている。そんな中で赤ちゃんが産めなくなるかもしれないという恐怖が病気の恐怖よりも大きかったです。

小さな頃からの夢がお母さんになることでした。

順調だった仕事も休み、入院。
毎日地獄でした‥

67 view
2017/07/20 15:07

先日の診察の翌日入院、膣内にできた小さな腫瘍を取り除く手術を行いました。仕事が休めないので1泊2日。

翌日には退院しました。

病理に回した腫瘍、そして先生に言われたのがまず転院。
大きな病院で受診、手術したにもかかわらずさらに大きな病院で診察してもらうよう紹介状を渡されました。

当時地元では一番大きな病院。
診察の末に言われた言葉はいわゆる告知。
まだ初期だから、円錐手術で完治できると思う。すぐに入院してください。

また言われたすぐ‥と。
当時20そこそこで仕事に遊びに忙しい私はそれどころではない状況でした。
が、両親に頭を下げられしぶしず入院したのです。入院は一週間くらい。そして2度目の手術を受けることになるのでした。

87 view
2017/07/18 09:34
日記を投稿