ガサママさんの日記 (乳がんの日記)

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乳がん

病気がきっかけで専業主婦になった私。
当初は、生活がどれだけ変化するのか不安でした。
家計簿も付けた事の無い私は、光熱費や食費がいくらかかっているか、固定資産税や自動車税がいくらなのか、まったく気にした事が無かったのです。
ほとんどカード決済か口座の自動引き去りの時代、忙しさを良い事に、機械任せになっていました。
病気になる前は、
「時は金なり」
時間をお金で買っていました。
新幹線・外食・美容室・ネイルからエステまで、対価を払って時間を節約していました。
今は、
時間がたっぷりあるので、高速バスで風景を見ながら移動を楽しみ、付き合いも無いので、外食も無い。
ネイルやエステは、自宅でテレビを見ながら楽しみ、カラーリングも自宅でするようになった。
夕方の特売品に飛び付く主婦を心のどこかで恥ずかしく思っていましたが、今では夕方しか買い物に行かず、特売品をゲット出来た時は誇らしい気持ちにまでなっています😄。
こんな感じに自然と節約出来た結果、それなりの生活を楽しむ事が出来ています。
今日も、これからお買い物!

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2017/09/20 16:13

季節の変わり目は、感覚の無い手術痕にも刺激が多少なり有るらしく、左脇から腰にかけて痺れを感じます。
手術後の形成外科の主治医の話では、1年で感覚が戻るとの事でしたが、残念ながら触っても何も感じないのが、7年経っての現実。
私には、もう一つ乳がんが元で出来た傷があるのですが、これは抗がん剤の治療の際に、先生から言われた日常生活の注意を聞かなかった私の責任の副産物。
抗がん剤治療を受けた方は、皆さん言われたと思うのですが、
「治療中は安静に」
私は具合が悪い自分が嫌で、日課のワンコの散歩を止めなかったのです。
結果、右足首の軟骨をポキッとおってしまったのでした(^.^;
恐るべし抗がん剤、そして注意を聞かなかった私は、いまだに季節の変わり目に、びっこをひくようになりました。

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2017/09/17 14:35

あの日の朝、胸の激痛と共に目が覚めました。
「痛い」
胸を押さえ飛び起きた私は、夢と現実の間にいました。
胸の中に石が入ってる?
これが乳がんの最初のイメージ。

私はいつも猫達と一緒に寝ています。
右の脇の下に「楓」、左の脇の下に「ミルク」、またぐらには「アトム」そして足の片隅に「小枝」。
この身動き出来ない状態で、朝までいつも寝ているのでした。
左に居る「ミルク」は、借家に住んでいた当時、隣の借家の娘さんが、野良猫を飼ってほしいと、連れて来たのが出会いでした。
手の平に乗るグレーに汚れた猫は、まだ目も開いていなかった。
当時は色々な不幸が重なり、自分達の生活も大変だった時で、猫用のミルクを買ってあげる事すら出来ない状況下、人用の粉ミルクで「ミルク」は育ちました。
後にも先にも私を蹴ったのは、あの一度きり。
あの時
ミルクが蹴らなかったら、今私は生きていなかったでしょう。
仕事で追われるような日々を送っていた私は、健康診断に時間を割く余裕などなかったし、時間を作る気持ちもありませんでした。
あの日、たまたま胸を蹴られ、久々の休日だった、幸運の連鎖。

今、新しく「胡桃」を迎え、ギュウ...

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2017/09/12 20:18

昨晩、講習の勉強をしながら、ふと病院の予約表に目がいった。
「あっ!」
講習と予約の日程が被ってしまった(¯―¯٥)
土曜日は、午前中までの診察なので、朝イチで予約の変更の電話をした。
「○○先生の診察はー、早くて12月の・・」
無言そして、絶句。
今までこちらからの都合で変更をした事は無かったけど、2ヶ月以上遅れるとは、考えていなかった(。ŏ﹏ŏ)
仕方が無い事だけど、2ヶ月は不安。

今まで気付かなかったけど、毎月の診察や検査は、それだけで安心を私に与えてくれていたみたいだ。
仕方が無い事だけど、気持ちが凹んだ
(つд⊂)エーン

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2017/09/09 16:04

今日は朝イチで、検定講習の申し込みに行って来ました(๑•̀ㅂ•́)و✧
ホルモン剤の副作用と度重なる手術の為に、仕事を諦め、初めて専業主婦になったのですが、家に居ると社会から孤立してしまった錯覚に陥り自暴自棄になりました。
焦りはストレスになり、何もしていない罪悪感が常に心にあり生きている意味すら見失った時期もありました。
そんな時に本屋さんで目に止まった簿記の参考書。
どうせ持て余している時間ならと、勉強を始め3ヶ月、駄目元の試験を受けました。
まぐれにも受かってしまい、そこから検定荒らしが始まりました( ̄ー ̄)ニヤリ
受かっても落ちても、なんとなく心に力が沸き、笑顔になれます。

今回の講習は、9月後半に1週間かけてあり、最終日に試験のハードなもの。
片道2時間半の通学になるので、気合と体力両方の勝負になりそうです。
昔、リクルートのマスコットに
「やり貝」
と言うものがありました。
今、私の背中に小さな「やり貝」が付いています
🐚

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2017/09/06 16:16

私は子供の頃から、空を眺めるのが大好きでした。
そんな私の家は、一人暮らしをしていた頃から、結婚して現在に至るまで、カーテンを付けたことがありません。
勿論、レースのカーテンも例外ではありません。
夜、寝むりにつくまで、空の星や雲、月や雨をながめ、明日の朝の天気を想像します。
昨晩は月が明るく輝き、星が沢山見えたので、翌朝の晴天を想像して、早く朝が来て欲しいとワクワクしました🔆
抗がん剤による味覚障害と言うタイトルを読んで当時を振り返った時、味覚障害と共に目の障害もあった事を思い出しました。
当時私の視界は、澱んでいました。
全てが色褪せて見え、気持ちが沈んでいるせいかとも思ったのですが、星や月が霞んでいたことで、抗がん剤の副作用だと確信しました。
月の光りを見る事が出来る幸せ、忘れてました。
今は鈴虫が鳴く秋の空を眺めています。

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2017/09/04 23:15

今日は朝から、雨が降っています。
以前は、晴れの日が大好きだった私も、ホルモン剤の副作用には適わず、いつの間にか雨派になっていました。
陽射しが無いと活動的になれる、ちょっと変わった体質になったような気がします😅

そして
夏の間、コントロール不能の体を休ませながら、待ちに待った寒い季節に向けて、今後半年間の計画を練り上げていました。
まず最初に決めたのは、旅行♪
手術痕を人に見せたくないので、露天風呂付の客室のある旅館探し。
これは意外と大変で、夫が喫煙者なので喫煙可の部屋で、部屋のお風呂が温泉で眺望も望むと、なかなか無い😥
探しに探して、
11月12月2月に福島・山形・宮城(ここは、未定)を計画したけど、かなりの時間を費やしてしまった。
夏場は汗が酷くオシャレもできないので、美容室や洋服を買いにも行かなければ…
出身が東京の下町なので、いつもお台場や浅草(お台場→浅草間の連絡船に乗るのが大好き♡)に宿泊して、散財する←これは、夏にお金を使わず、社会に貢献しなかったお返しのつもりです。
ハロウィンの買い出しや、クリスマス、お正月。
楽しい行事がいっぱいだ😄

午後は、近くのアウトレッ...

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2017/09/02 09:01

私の家には私と一匹、がん患者がいます。
彼の癌は今から3年と数ヶ月前に見つかりました。
私の癌は、癌自体で痛みを感じる事は無く、癌の中でも楽な癌ですが、彼の癌は口の中に出来る口腔癌。
よく腫瘍が大きくなるスピードなど聞きますが、そんな悠長な事は、彼には起こっていません。

3ヶ月に一度、速い時は一ヶ月で口の中の腫瘍は大きくなり、食事が出来なくなり、自身の歯で噛んでしまう事も多々あります。
私の癌の様に、抗がん剤も放射線治療も出来ない彼は、あちこちに出来る癌を、その都度手術するしかありません。
再発だけで、転移しない彼の癌は、真綿で締めるように、彼を痛みから開放してはくれません。

ただ彼は、弱い自分を受け入れて生きています。
痛いときは、痛いと騒いで私を呼び甘えます。
遊びに行きたい時は、尻尾をふります。
具合の悪い時は両頬を押さえ、じっと耐えます。

そんな彼の生き方を見ていると、見えない先の事を考えて悩む自分を、反省させられます。
大事なのは今。
こんな自分も、自分。
言葉を言わない彼は、私に教えてくれます。

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2017/08/29 18:28

この2_3日体調を崩し、ダウンしていました。

数日前の病院からの帰り道、突然歯が浮くように痛くなり、だんだんと全身の骨が痛み出して、吐き気と寒気と痛みとそれに伴う大量の汗。
インフルエンザを思わせる痛みが、運転中に襲ってきたのでした。
必死に自宅まで運転して、トイレに駆け込み嘔吐。
体温計を探し、測ってみると35℃…?
「えっ?」
もう一度測っても35℃、体温計が壊れてしまったと思い、熱は気にせず痛み止めを飲み布団へ潜り込みました。
数時間が経った頃、夫が帰って来たので、具合が悪いことと体温計の不調を伝えると、自ら体温を測り始め、36.6℃。

あれ?

私が測るとやはり計測不能の35℃。
以前どこかでお話しましたが、乳がんになってから体温が低くなってしまいました。
それでも計測不能まではいかなかったはず^^;
大量の汗と痛み、歯が浮く程の熱の筈なのに、35℃って、何なのでしょう?
本当にコントロール出来ない体が悲しいです。

昔ながらの水銀の体温計を買おうと心に決めた日でした。

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2017/08/23 21:57

日中たまたま観ていた韓国ドラマ、
アナウンサーの男性が乳がんという設定だったのですが、観ていて考えさせられました。
乳がんの男性は、私達と同じく乳腺外来に受診するのですが、そこは女性が大半。肩身が狭そうに隅に座っている光景。
ドラマの中では、彼女に付き添ってもらい、彼女の付添の振りをする男性の姿も。
止血する為に、止血用のブラジャーを、プライドを捨てて着用しなければならなかったり、男性の乳がんと言う偏見から逃げる様に、会社に内緒にしての闘病生活をしていたり(_ _)
只々、可哀想
私も乳がんになる前まで、乳がんは胸の大きな女性がなるものと、思っていました。
しこりに気付いて病院に行った時も、総合受付で婦人科を予約していました。
まさか、外科の診察なんて考えもしませんでした。
まだまだ男性の乳がんは、認知度が低く、沢山いるだろう闘病中の男性の方も、イクイクの様なサイトを、利用したくてもハードルが高い気がします。
友人に相談するのも、場所が場所だけに、私が仮に男性だったとしても、カミングアウトできるかどうか。
今後病院での行動を、気を付けようと思いました。
ただの女性同士の会話も、そこに居...

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2017/08/21 21:39

私の髪は、子供の頃から茶色でクセがあり、1本1本が細かった。
抗がん剤治療の前は、
「新しく生える髪は、きっと良い毛が生えてくる」
と励まされ、その言葉に密かに淡い期待を持ってもいた。
抗がん剤が終り、1年かけてショートになった髪は、さらに細くさらにクリクリ😵
そして、髪の色は変わらず茶色。
最近さらに残念なことに気づいてしまった。
耳の上の髪が薄い・・・。
美容院で育毛剤を買って試したけど、生えないものは生えない。
これが薄毛というやつだ😭
髪は矯正縮毛をしないと、湿気に対抗できないから、お金もかかる😟
昭和の時代だったら、パーマのかかったこの髪は、羨ましがられたかもしれない。

時代遅れ

そうだ、時代遅れの髪😰😨

生えて来ただけありがたいけど、せめてどちらか1つにして欲しかったなぁ。

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2017/08/19 00:02

タイトルの通りなのですが、毎回病院に行くたびに、お医者様は大変だと思ってしまいます。
先日検査に行った時、エコーの検査で検査室に入ると、主治医の先生が中にいました。
「先生、どうしたの?」
と驚いて聞いてしまうと、苦笑いしながら
「人手不足でねー」
と青白い顔で教えてくれた。
診察がとても丁寧で、診察日は夜の9時過ぎまで
一人一人と向き合っている先生。
入院中には朝から回診に毎日来てくれてた事を考えると、ゆっくり休めているかも疑問。
初めてあった頃から考えると、私よりも立派な病人に見える。
それで無くても、人の生死に関わる仕事、ストレスだって想像を絶する筈。
検査結果を聞きに行った時も、PCの影に惣菜パンらしきものが見えた。

これは将来胃がんだな

勝手に先生を診断している私がいた。

ごめんね先生。
でも、頑張って!!

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2017/08/14 20:27

私の手術は、正午から始まり21時過ぎまでかかったそうです。
その間寝ていた(手術をしていた)私は、何事もなかったように、看護師さんの声で目覚めました。
「起きて下さい、ご家族の方がいらしてますよ」
ストレッチャーの上、朦朧としながらも姉の顔、母の顔、親族の顔が見えました。
そしてその一番奥に、主人の顔がありました。
今にも泣きそうな、弱りきった顔は、今まで見た事が無い表情で、朦朧としながらも頭から離れない映像になりました。

主人とは、私の一目惚れから始まり、半ば強引に結婚をしました。
結婚後は、お互い仕事が忙しく、
「夫婦」
というよりは、
「同志」
になっていました。
主婦業もせず、仕事一番だった私に、文句も言わず寡黙な夫に私は、愛されていないのでは?と思いつつも、忙しさに流されて、考えることも、二の次になっていました。
プロポーズも無い、愛の言葉も無い、無い無いだらけの関係、それが自分の作り上げた家族の形でした。

ストレッチャーから見た彼の顔、病室のカーテン越しの彼の顔、今までまっすぐ見ようともしなかった彼の顔は、私を愛してくれていると、感じさせてくれました。

愛されていたん...

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2017/08/10 18:29

私が21歳の時に、母が子宮癌になりました。
年齢的にも、生理が終わる時期の不正出血に、母自身異変に気づくのが遅れ、子宮を全摘する手術になりました。
私には姉がいるのですが、
姉と2人、立ち会う意味すら知らず、手術が終わるのを待っていたのを、覚えています。
そして
母の手術から4年が経った頃、姉が子宮癌になりました。
電話で明るく、
「癌になっちゃった」
と言う姉の声は、あまりに楽観的で、入院する病院に遊びに来いと、楽しそうに話していました。
実際、御見舞に行った病院のベッドには、寝ている筈の姉は見当たらず、病院の屋上で点滴をしながら、タバコを吸っていて、呆れたのを今でも笑い話で話します。
母と姉が子宮の癌になって、当然の如く身内からは会う度に、「子宮癌検診に行きなさい」「子宮癌になる可能性が高い」なんて事を言われ続け、私自身母と姉がなったのだから、きっと私もなるだろうと、覚悟してました。

姉の手術から10,年以上経過した39歳の春、私は乳がんになりました。
当然身内からは、「なんで?」と答えようもない質問が、ありました。

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2017/08/07 22:09

私の胸は、脇腹の筋肉で形成しました。
先生曰く、脇腹から振り子のように胸に筋肉を持っていったそうで、普通の方より傷が多くなっています。
現在の傷跡は、左胸半分に円形の傷と、その円より脇の下に向かって15cmの傷、そして脇腹に15cmの傷があります。
円形の傷は、腫瘍の摘出の為に。脇の下までの傷は、センチネンタル?と言う転移を調べるリンパ節と、リンパ節転移箇所2個の切除。そして、脇腹から脇の下にかけて、筋肉を移動する為の傷跡がある。
今だから笑える話ですが、私は笑うと胸が痛みます。
傷が疼くのでは無く、普通の方が大笑いすると脇腹が痛むように、胸にある脇腹の筋肉が痛いのです。
腹筋に力を入れると、ボディビルダーの様に、方胸だけ動きます💪
このデメリットは、さすがに聞いていなかったー(笑)
私と同じ手術を受けた方もいると思いますが、果たしてAカップの私がするべき手術だったか、今だに疑問です。

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2017/08/06 00:41

今日の日記は、暗くさせてしまうので、ネガティブな気分の方は、どうか読まないで下さい。



数ヶ月前、友人からメールが来ました。

「相談したい事があるんだ」

友人とは7年前に病院で知り合いました。
待合室で話し掛けられ、話している内に同じ日に同じ先生に、同じ病気の手術をして貰った事が判り、親しく話すようになりました。
メルアドを交換して、不定期にランチをしたり、会う度に、何年経ったね。良かったね。なんて小さな喜びを分かち合っていました。

相談したい事・・・
私は
「いつでもいいよ!ランチしながら話しましょ」
と、返信しました。

その後、メールの返信が無くなり、仕事をしている彼女のことだから、忙しいのだろうと、思っていました。
1ヶ月が過ぎた頃、別の友人から電話があり、入院している事が判った。

友人と見舞いに駆け付け、彼女の居るベッドのカーテンを開けようとした時、中から看護師さんが
「少し待っていて下さい」
と声をかけられた。
処置中なのかと思い、その場で立っていると、彼女の啜り泣く声と、聞いてはいけなかった話が、耳に入ってきてしまった。

抗がん剤で腰の骨が潰れ、二度と歩けな...

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2017/08/04 10:20

昨日・今日とよく眠れず、起きていても、ボーッとしています。
月に何度か起こるのですが、ホットフラッシュと真逆状態で、冷えて冷えて体温が上がらなくなるのです。
子供の頃から36`4℃だった私の体温は、放射線治療を終える頃には、35`5℃になっていました。
その頃から、寝ていると異常な程体が冷えて、体温を上げることが出来ない事が、多々有るようになりました。
一日に何度もカッと熱くなり大量の汗をかいたと思うと、氷の様に冷えてしまう。
もう、クタクタです(´-﹏-`;)
2枚重ねの毛布に、裏起毛のパジャマの私の格好は、セミの鳴き声とアンバランス。
それでも寒くて何度も夜中に起きてしまう。
なんでこんな制御不能の体になってしまったのか(ToT)
さすがに不眠が続くと、ネガティブになってしまう(笑)
これも自分。受け入れなければ٩(๑`^´๑)۶

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2017/08/03 18:16

私は今、病気になる前には考えもしなかった人生を、歩いています。
当時の私は、
「キャリアウーマン」「自立した女性」
と言う言葉が似合う生き方をしていました。

【40歳に独立】

これが描いていた夢であり、私の第2ステージになるはずでした。

独立まで半年、社名 まで決めた矢先に癌が見つかった。
まだ癌と言う病気が、どのようなものかも認識してなかった私は、切れば治る・・本気で思っていました。
その当時の私らしい態度を、今でも覚えています。
主治医
「検査の結果がでました。次回ご家族と一緒に説明しますので…」
当時の私は、言葉を遮る様に
「手術の予定を今、決めて下さい。一番早い日取りで。」


あれから7年

私は、亀になりました。
ゆっくり歩みは止めず、たまに他の亀の上に乗り、歩くのを手伝って貰い、生きています。
四季を感じ、無理をせず、空気を胸いっぱい吸って、生きている事を感じながら、流れに身を任せています。

生きているうちに、違う人生を歩めるなんて、幸せ者かも知れません。

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2017/08/01 10:51

私の右の胸には、癌が左胸にできてから何故か、小さな水疱や腫瘍が出来るようになってしまいました。
その都度、曲部麻酔で摘出して検査をするのですが、意識がしっかりした中での手術は、何回行っても慣れるものではありませんでした。

手術室に行くまで、心の中で「まな板の鯉」と意味も無く呟き、明るい部屋の中に歩いて行く時は、死刑台に上がる気分になります。
容赦なく麻酔の針がブツブツと刺され、胸の感覚が無くなる頃に、音楽が流れ初めます。

「気にしない」「もうすぐ終わる」
頭の中で唱えながら、天井を見つめていると、左手を誰かが握ってくれた。
温かいその手は、誰のものかも判らないのに、尖った心を撫でてくれた。

これが人の温もり…なぜこんなにもホッとするのか?名も知らね、顔も見えない「手」に、救われた気分になった。

ハンドパワー、昔TVで誰かが言っていたのを、思い出した。
うん、本当だ。
そう感じた。

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2017/07/28 10:05

病気が見つかる半年位前、仕事の付合いで不思議な方に会った。
不思議な歌を唄いながら未来を観てくれると言う、ちょっと信じがたい話だった。
いわゆる予言者と言われる人だ。
仕事中に事務員さんと、出したくも無い2000円を握りしめ、その方のお住いに行った。
部屋の中には、信者らしき方が10人位居て、一人で来なくて良かったと、内心思う程怖かったのを覚えている。
その方と向き合う形で一人一人唄を歌って貰い、何を歌っているのかさっぱり判らない言葉を、周りの数人が、判るように訳して書いてくれた。
本当に失礼な話ですが、笑いを堪えるのが大変だったと言う記憶しか残っていません。
私への唄が終り、その方が
「お体の調子はいかがですか?
大丈夫、笑って過ごせば乗り越えられます」
???
こんなに元気なのに何を言ってるの?
会社に戻って読む事も無く机にしまったお告げを慌てて見たのは、半年後の事でした。

半年後の紹介状無しの総合病院、触診した先生が「手術は、私にやらせて貰えない?」
の一言で確信。
翌日出勤して真っ先に探した紙には、私が乗り越えなくてはならない山の話が、書かれていました。

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2017/07/26 05:57

昨日
3ヶ月に一度の検査でした。
検査は、CT(造影剤)と血液検査、そしてエコー検査です。
いつもの様に検査着に着替えて右手の甲に針を刺し…と、何を考えていたのか看護師さんは痛みを紛らわすためのアルコール綿を添えてはくれず、10分程なら我慢できるかと、安易に考えた私には最悪な事態が待っていることを、その時は考えも及びませんでした。
CTの順番が来て、足速に検査室に入りいつもの様に仰向きに。
「注射器預かりますね、痛くありませんか?」と技師の声。
痛いけど早く終わらせたい私は簡単に
「はい」
とだけ答えた。
検査が始まり造影剤が体に入ったとたんに
「くしゅん」・・・?
鼻のムズムズが止まらずにまた
「くしゅん」
検査台の上、両手は頭の上に有り、手で抑えることも出来ずにくしゃみが止まらない。
くしゃみの度に手の甲の針が痛く小さなパニック。
鼻水は出るし手はくしゃみの度に更に痛い。
技師さんが検査できるか聞いてはくれたけど、ここまで来て中止は困ると、息を止めて必死で検査を続行😵
冷房の効き過ぎかな?
なんて考えながら検査台を降りる時には、もう右手の甲がパンパン。
あの時に看護師さんに一言言っ...

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2017/07/22 13:10

薬を処方してもらう為に、2ヶ月に1回の通院と、検査の為の通院が、3ヶ月に1回。検査結果の通院を入れると、毎月病院に行っている事になる。

以前は4時間待ちなど当たり前だった診察の待ち時間は、患者さん達の暗黙の了解でクレームも無く、待ち時間が近況報告の場となり、不思議な連絡網まで出来ている。
同じ痛みを抱えている名前も年齢も人生も、何も知らない「友人」。
何も知らないから気遣いがあり、一定の距離感を保ちながら、皆で支え合っている。
時に先生の体調を心配したり、時に新しい薬の情報を共有したり、とても有意義な時間になる。
たった一つの共通点なのに、それだけで支え合える、とても素敵で不思議な気持ちになる。

また今日、友人に会いに行きます。

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2017/07/21 05:09

乳がんと診断を受けてから、丸7年が経過しました。
長年維持していた体重も、今では7kgオーバーになり、今は癌と肥満両方と戦う日々です。
一日1錠タスオミン20mgを飲むだけで、ホットフラッシュ・過剰な食欲・爆発しそうな不安定な精神、どれだけ強い薬なんだろうと、いまだに恐ろしくなります。
ストレスを溜めない事が体の為なのに、思う存分好きな事(食べること)をすると、違う悩みがストレスを産んでしまう。
今、マイブームのダイエット食は「おから」。
冬の間は、葛切り(マロニー)をポン酢で煮込んで、お昼の定番にしていたが、今は暑くて断念。
おからは、腹持ちが良くて具材も根菜だけにすると、便秘にも🙆
効果がでれば嬉しいのですが、薬を飲み終えるまで、あと3年間。
「完治」と言われるその日に、綺麗な自分で在りたいと、日々思って頑張っています。

皆様、今日も一日楽しく戦いましょう🙌

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2017/07/17 10:05
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