ママロッティさんの日記 (乳がんの日記)

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乳がん

K医師のいる病院を選択肢から外すとなると、さて何処の病院に行ったものか…

左胸の痼りが乳がんであると仮定して、全摘となったら同時再建がしたい。
そして、できれば右胸にもエキスパンダーを入れるべく、同時に手術して欲しい…


しかし、そんなことが可能なのだろうか?


色々な場面を想定し、色々な病院のHPを覗いて廻った。


当初からインプラントでの再建を検討していたのだが、ひとつ心配なことがあった。

それは胸にシリコンインプラントという異物を入れた場合、私はその異物感に耐えられるのだろうか?ということ。


それを思うと、最初は全く念頭に無かった自家組織での再建も視野に入れて考えるようになっていった。


自家組織での再建にはお腹の組織と背中の組織を使う方法があり、お腹の組織は胸の大きい人向きだけど、背中の場合はあまり胸の大きくない人に適しているということもわかった。


私のお腹には肝臓の手術をした時の、L字型の大きな傷があるので、お腹の組織を使うのは無理だろうな…


そうするとやっぱり広背筋皮弁法かな…貧乳だし、丁度いいのかも。


でも両胸を背中の組織で再建っていうのはや...

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2018/01/19 03:09

乳がんとは異なるとは言え、全摘しないと死ぬかもよ、と言われて泣く泣く全摘したのに、何故乳がんでの再建は保険適用となり、葉状腫瘍では駄目なの?


…という疑問はあったけれども、そもそも私のような症例が少ないのだから仕方がないのでしょう。


そして予防の為の乳房切除に伴う再建手術も適用外だということを、アンジェリーナ・ジョリーさんの事例がニュースとなった後に知りました。



保険適用についてもう一つ、インプラントの形状について。


2013年の6月にラウンド型(丸いお椀型)のインプラントが承認され、7月からその適用が開始されました。


その頃の乳がんブログやニュースなどを見ていると、より自然なアナトミカル型(しずく型)のインプラントが承認されるのも、時間の問題でしょうという記事が散見されました。


はえ〜ホントかいな?(゚o゚;;と半信半疑でいたのですが、その後本当に承認され、2014年1月から適用されることとなったのでした…!


私が左胸の痼りに気付いた時、前回の日記の冒頭に書いたように恐怖心もありましたが、もし本当に乳がんだとしたら・・・左胸も全摘だと言われたとしたら・・...

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2018/01/11 23:59

おかげさまで息子は今日一時退院してきました。

そのほか今週は金曜、土曜とそれぞれ良いニュースと悪いニュースがあり、怒涛の週末でした。いまはいっぱいいっぱいですが、心に余裕ができた時には報告させていただくかもしれません…(´・_・`)




☃️2013年末からの続きです。

左胸の硬い痼りに気付いたとき、血の気が引くような恐怖心と共に、後述しますが相反する気持ちも心の片隅にありました。


2007年に右胸を全摘してから、年を経るごとに『再建したい・・・』という気持ちが大きくなってきていました。そして、痛いのかな?費用は幾らくらい掛かるんだろう?と暇な時間にはパソコンに向かいひたすら調べる日々…


けれども、術式がいくつかあるのは分かりましたが、こと費用に関してはなかなかはっきりとは記されていませんでした。


色々な病院のホームページも廻ってみましたが然りです。そんな中、私が見た限りではですが、東京のNクリニックというところのHPには術式、金額が細かく記載されていました。


調べ始めた当時、シリコンインプラントを挿入する手術は保険適用がありませんでした。
ちょうど2013年〜...

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2018/01/07 23:57

今年のお正月は忘れられない寂しいお正月になりました。

息子のいないお正月…私たち家族にとってあまりに思いがけないことだったのでなかなか書けずにいましたが、うちの息子は昨年の10月末から都内の病院に入院しているのでした。


ちょっと洒落にならない病気になってしまい…(−_−;)


いま大学4年生なのですが、就活も今春の卒業もパーになってしまいました(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)


なかなか本腰を入れて動かない(ように見えた)就活や運転免許の学科試験に、イライラ、やきもきしていたのですが、今思えば体調が思わしくなかったのかも知れません。
全く気付いてあげられず、申し訳ないことをしました…(T-T)


幸い大学は休学できることになったのですが、いつ復帰できるかは今の時点でちょっと分かりません(´・ω・)


今にして思うのは、内定を貰っていなくて幸いだったのかもしれないと…そうじゃないと企業にも迷惑がかかるし、息子ももっと落ち込んだんじゃないかと。


本人が淡々、飄々としているのが救いです(p_-)


4日以降に入院以来2度目の一時退院をする予定だったのですが、...

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2018/01/04 23:59

お雑煮を作るために買っておいた大根、中が真っ黒で空洞になっていました。いつもは行かない八百屋で、一本だけ残っていたやつ…残り物には福がある?とか思っていたのに🤢

ガッカリしているとパパがかわりのを買いに行ってくれたのですが、戻ってきて「いくらだった?」と聞いたらナント398円だって!税込みで412円…!

そんな値段の大根、生まれてこのかた買ったことねー‼︎😫どうしてもう一軒廻ってくれなかったのかと、買ってきてくれた感謝どころか怒りで頭がいっぱいになってしまいました。

それにしても、いくら正月価格だからっていくらなんでもボリすぎじゃね❓全く頭くるー😡



それから、初夢…


虫!虫!なぜか大嫌いな虫が床から這い出してくるという、たいへん気色の悪い夢を見てしまいました😱


いつもこんな夢見ないのに、どうして初夢に…?



なんだか、正月早々幸先悪い?と思って凹んでしまった出来事でした…(◞‸◟)💧

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2018/01/02 23:43

年が明ける〜
この時期になると思い出します、4年前の年末のこと。
12月の半ば過ぎに乳腺外科でマンモトーム生検を受けて、年末だったので結果が出るのが年明けになってしまったのでした。

この時は前と違って乳がんなんじゃないかな、と思っていたので、不安な気持ちで年越し、お正月を迎えて…
でも、確か1日と2日は、仕事に行ったはずです。封筒に入った千円だったか二千円だったかを、手渡しで貰った記憶があるので…

家にいるより仕事に行っていた方が、余計なことを考えずに気が紛れていました。

もう、あれから4年経つんだな〜と思うとなんだか感慨深いです。



さて、2018年です!


多くは望まないので、今年も健康で過ごせたらいいな〜

もちろんここに集う皆様も‼︎


今年が皆様にとってより良い一年となりますよう、心からお祈り致します〜😃

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2017/12/31 23:59

医療費の控除を申請しようと思って取っておいた病院の領収書が5年分溜まっている。

そのうち2012年(平成24年)のものは今年の年末までに申請しないと期限切れになってしまうので、先週の金曜日に税務署に申告書を貰いに行ってきたのだが、風邪を引いているのと年末で忙しいのとで、明細書の作製を始めたのは26日になってしまった。


本当は5年分まとめてやりたかったんだけど、ちょっと無理…
息子にチャチャっと入力してもらおうと思って前からお願いしていたのだけど、事情があってそれも敵わず。


税務署にいつまで出せばいいのか聞いたとき、28日までと言われていたので、まさにギリッギリ(-.-;)

26日は徹夜になってしまった(*_*)
そして朝起きてきたパパに印刷してと頼んだら、なんとインクが切れていた\(^o^)/


気を取り直して今度は申告書に記入する作業に取り掛かったが、今まで一度もやったことがないのでサッパリ要領が分からない…(>_<)


お手上げで、税務署に電話してみることに。


私「あのー、この前申告書貰ったときに書式がBとなっていたんですが、ネットを見たらサラリーマンはAの申告...

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2017/12/28 23:59

左胸の痼りを発見したのが2013年11月、そして病院の初診日が当時の資料をみると11月28日になっている。
この病院は葉状腫瘍でお世話になったK医師のいる病院ではなくて、都立のK病院というところだ。


今回痼りに気付いたとき、K医師の所で診察を受けようという思いは初めから無かった。


何故かというと。
2007年1月24日に右胸を全摘した後、一週間ほどして病理検査の結果を聞きに行ったとき。


先生は病理組織診検査報告書という、一枚の紙を手渡してくれた。


それには切り取った患部と、さらに患部を細長く切った断面が並んでいる白黒の写真があった。


そして説明文の葉状腫瘍に相当する、と書かれている部分は分かったが、その他は専門用語の羅列と横文字とで、読んでも意味がよく分からなかった。


まあ、私にとってはどうでも良かったのだが、何となくその用紙を見ながら「これは…」と質問をしかけたときだった。


K医師は私の言葉を遮るように「これ以上の説明はしないからね!」と言った。


・・・ああ?🤨急にどうした、K先生よぅ。


忙しいのか、何か都合が悪かったのか…?
今までの先生の対応と...

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2017/12/25 23:59

今日は教会でクリスマスパーティーがあった。
一応参加したけれど、久しぶりにガッツリ風邪を引いてしまっていてコンディションは最悪。冴えない年末だなぁ…🤧😷



さて、パートで思いがけずかなりの力仕事をして心が挫けた結果、一度辞めたいと思ってしまったためモチベーションが下がってしまい、年内は頑張って続けようと決心したにもかかわらず発作的に『辞めたい』と言ってしまいたくなる時が何度かあった。


しかし基本的に一人でやっていたので、今辞めたら迷惑かかるだろーなー、誰か他に入ってこないかなと思っていたら、夏が過ぎ涼しくなってきた頃にシングルマザーの30代くらいの人が1人新しく入ってきた。その人も確か週2日出勤で、私と出勤日が一日だけ被っていたので、仕事のやり方などは私が説明した。

物流の仕事は初めてみたいだったが、飲み込みも早く性格も良い人だった。


良かったー、これで後顧の憂いなく辞められる…と思ったけれども口には出さなかった(^_^;)


そして秋が過ぎ、11月になったある日…


お風呂で身体を洗っていた時だった。
何気なく左胸に触れたとき、ギクッとして身体が固まった…


なに...

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2017/12/23 23:59

時系列に沿って書いていくの疲れてきたけどあと少しだ😵🐣
何があと少しかというと、病気の兆しが見えてくるまで…



2つめの仕事を始めたのは6月の終わりか7月の初めの頃で、ピッキングするのに必要な商品の品出し、棚入れの仕事だった。(主にイオンの店舗に加工品・飲料・レトルトなどを発送している会社だった)


要は足りなくなった商品を補充するのだが、夕方仕事場に行くとフォークリフトの人が前もって商品の入った段ボールを細長いカートに積んでくれていて、それを棚番に合ったところに運んでいって入れればよい。


ピッキング作業をしているパートさんがまだ残っていることもあったが、だいたい7時くらいになるとみな帰ってしまう。時々高校生の男子アルバイトの子が来ていたりもしたけれど、一人で作業をすることも多かった。


団体行動の苦手な私ではあるが、全くの一人となると話は別だ。分からないことがあっても聞ける人がいない…
下の事務所には居るのだが、2階と4階と離れていて、往復するのにも時間がかかってしまう。


いちいち降りていくのは面倒なので、自分の判断でやって休憩時間か帰りに聞くようにしていた。


こ...

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2017/12/21 23:59

2013年の年明け、タウンワークを見て再び短時間のパートを探し始めた。抗うつ剤はやめることが出来、気持ちも安定していたのでホッとしていた。
しかし昼夜逆転の生活習慣は治らず、薬をやめたことによって不眠はますますひどくなったような気が…


なので、やはり午後からの仕事を探すことに。


仕事を探すにあたり、私の場合は車通勤可が譲れない条件だ。でないと続ける自信が無い…。


そうすると広い駐車場があるのはだいたい郊外の工場か倉庫になる。人前に出る仕事はやりたくないし、他に何か資格を持っているわけでもない。加えて年齢も年齢だし…


前回やった仕事の中で、ピッキングが水が合うと感じていた。ピッキングと言っても空き巣では無く、倉庫の棚に並んでいる商品をピックアップして梱包し、注文先の店舗に送る仕事で、ハンディと呼ばれるリモコンみたいな機械で商品のバーコードを読み込んで集めていくのだが、仕事が一人で完結する感じが自分に合っていると思った。


また広い倉庫内をカートを押して歩きまわるので、普段全く運動しない私にとって健康にも良いのではという思いもあった。


そう思って探していると、ペット用...

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2017/12/18 10:05

抗うつ剤をやめたのが2012年、この年の11月30日〜12月1日に、主人がラジオの懸賞で当てた伊豆旅行に一泊で行った。
ペア宿泊券なので息子はお留守番だ。貸切風呂に主人と2人で入ったが、右胸を全摘してから傷痕を主人に見せたのはこれが初めてだった。本当は見られたくなかった…(。-_-。)

そして誕生日の頃、数年前から肩に出来ていた脂肪のかたまりを取る手術をするため、一泊で入院した。(粉瘤かな?と思っていたのだが先生に違うと言われた)

これも長年ほっておいたのだけれど、加入していた保険が満期終了となるための駆け込み入院だった。

かなり大きくなっていたので、全身麻酔での手術となった。

この年の夏は、高校2年生になっていた息子が気胸で入院するという出来事もあった。幸い夏休み中だったのだが、演劇部の部活動中に倒れたと学校から電話があったときは心臓が止まるかと思った。

車で迎えに行くと、息子は学校の玄関先に横になって苦しそうに喘いでいた。すぐ近くに総合病院があるので(私が後に肩の脂肪を取った病院)、連れて行って診察してもらい、そのまま入院となった。

気胸と診断され手術することになり、2...

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2017/12/14 23:56

今日用事を済ませて帰宅する際、閉館ギリギリの19時前にいつも利用している図書館に寄った。そして、行ったときは毎回お気に入りの作家のコーナーを覗き新刊が並んでいないかチェックするのだが、時代小説作家の宇江佐真理さんの作品が並んでいるコーナーで、読んだことのない題名の本を見つけた。

それは長年愛読している(全部図書館でだけど😅)、「髪結い伊三次捕物余話」というシリーズのもので、あれっ新刊出てたのかな、と思って手に取ってみた。


私には、図書館の本は借りたそばからタイトルを忘れてしまうというへんな習性がある。なんなら読んでいる最中もタイトルを意識していないくらいだから、メモでもしておくか、よっぽど印象的な題名でない限りは読み終えるとすぐに忘れてしまう。

シリーズもので読み続けているのはこの作品くらいなのだが、そういう経緯があって最近読んだ2作はスマホのメモにタイトルとおおまかな内容を記入して保存しておいた。そうしないとすでに読んだものかどうか、すぐに思い出せないことがあるからだ。

今日見つけた本のタイトルは「擬宝珠のある橋」というもので、間違いなく初めて目にするものだ。

けれども中...

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2017/12/12 23:57

…せっかく初めたパートを僅か1年半ほどで辞めることになって残念だったが、ひとつは派遣で、もうひとつの仕事はあまり実入りが無くて、という感じだったので、治療が終わってまた元気になったらもう少し効率の良い仕事を探そうと思い割り切ることにした。

幸い術後の経過は良く、と言っても肝臓に出来ている嚢胞に溜まっている水が7キログラムあるうちの、2キログラム程を排出できただけという先生の説明ではあったが、そして見た目が劇的に変わったわけでもなかったのだが、どんな形であれ治療を引き受けてもらえたということ。

そして積極的に病院を探して見つけ、とくに必要に迫られた訳でもなく果敢に(?)外科手術に挑んだ自分自身に癒されたという側面が何よりも大きく、鬱の症状も目に見えて良くなっていくのが分かった。

(余談だがこの病院では臓器移植についての話も別の先生のところに聞きに行かされた。北海道の病院で施行例があるようだった。費用はパンフレットを見たところ最低でも400万円くらい掛かるようだった…(;´д`)😇)


ところで私は2006年頃から精神科に通い始め、以来、ずっと抗うつ剤を処方されて服用してきた。
な...

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2017/12/10 23:41

今日は3ヶ月ぶりの通院日。
いつも診てもらっている、他の病院から出張してきているI先生の予約が一杯だったので、本日はM先生の予約を取っていた。

このM先生は一番最初にこの病院に行ったときに診察してもらった先生で、お会いするのはなんと術後以来3年半ぶりだ。

番号を呼ばれ診察室に入ると、M先生がパソコンの画面を見ながら「大変でしたねー」と言うので、ああ胃がんのことねと思いつつ「そうですね…(^-^; 」と答えた。


ー以下、先生との会話ー


「今は治療終わってるのね。手術したのはいつ?」

「2015年の6月です」

「どんな手術?全摘か、腫瘍を取ったのか、胃の部分切除か…」

「部分切除です」

「放射線治療も無し?薬は?…無いのね。ああでも抗がん剤治療は、術前に大変なのやっているんだね…」

「大変?」

「うん、金属の…」

「…そんなに大変では、なかったです」

「あ、そう?」


…先生、『金属』って言ったように聞こえたんだけど。


胃がんの術前にシスプラチンという抗がん剤の点滴を受けたのだけれど、シスプラチンはプラチナ(白金)を含む金属化合物であることを指しての発言だ...

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2017/12/08 01:45

パートを始めたのが2010年の春頃、そして一年後に東日本大震災があった。

私たち一家は埼玉に来る前、宮城県の仙台市に住んでいた。
地震当日、ニュースで仙台空港が津波に飲まれるさまを信じられない思いで見ていた。

何度も訪れたことのある仙台新港や、多賀城のイオンにも津波が押し寄せている動画をみて戦慄した。

その5年ほど前、鬱の最中に引っ越しをした際、誰ともコンタクトを取りたくなかったので旧友にも新住所を通知しないままでいた。皆の安否も気になったがどうしてもその頃はまだ連絡を取る気力が無かった。
今年やっと仲の良かった高校の友人の一人と連絡を取り、今でもたまに数人で集まって飲みに行ったりしていることを知った。

震災当時仙台市若林区荒浜は津波によりかなりの被害を受けたが、中心部は比較的大きな被害は無いようだった。しかし、停電、断水が長く続き、またガスの復旧にはひと月以上かかったと知って、父が震災を知らずに亡くなったのは幸いだと思わずにはいられなかった。

同じ年の秋、肝臓に沢山できている嚢胞の治療をするため入院することになった。前にも書いたがこの病気には有効な治療法が無く、完治を目指す...

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2017/12/06 00:00

父を看取ったのが2009年の秋。この頃から、パートに出てみようかと考え始める。
31歳で結婚してすぐに妊娠し、9カ月まで働いていた当時の職場を辞めて以来、15年近くも専業主婦として家に居たため、果たしていまさら勤まるのだろうかという不安はあった。しかも抗うつ薬を服用しながら…

しかし、当時の我が家の経済状況は暗雲が立ち込め始めていた。まず、リーマンショックで主人の会社の業績にも影響があり、2009年の6月から役職以上の給料が一律5万円減額となった(>_<)💦

そして、引っ越す前に住んでいた仙台の家のローンを、賃貸に出してその家賃で支払っていたのだが、当時の店子さんが家賃を滞納するようになり…(-_-)

この時の滞納額は数ヶ月分に上り、かなりの額になってしまった。隣の県に住んでいた義父が遠くに住む私たちに代わって間に入ってくれ、最終的に滞納分も肩代わりしてもらい、店子さん一家が義父に毎月5,000円ずつ返済するという、気の遠くなるような話になってしまった(o_o)

そんな背景もあり、また一人息子も中学生となり手がかからなくなったこともあって、ここはひとつ思いきって社会復帰してみよ...

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2017/12/02 23:59

鬱の只中にいた2008年、仙台に住んでいた父が大腸がんになった。昔から嫌な思いをさせられ、大嫌いな父であったが病んで痩せてしまった姿は哀れで、紆余曲折あってうちで面倒を見ることになった。

意を決して主人に『父をこっちに連れて来たい』と告げたとき、『いいよ』と即答してくれた彼には心から感謝しているし頭が上がりません。゚(゚´ω`゚)゚。

しかし今から思えば少し呆けていたのかと思うが、父は前にも増してとんでもないヤツにパワーアップしていた。
仙台でもこちらでも入院していて、家に居たのは実質ひと月半ほどだったのだが、一階に部屋が無いため急遽リビングに置いたレンタルベッドの上で煙草を吸い、いくら注意してもやめないので火事になるんじゃないかとヒヤヒヤした。

入院先でもトイレで隠れて煙草を吸ったり、電気が眩しいと文句を言ったり、同室の人の話し声がうるさいと怒ったりするのでどっちの病院からも「出て行って下さい💢」と言われた(O_O)

私はケアワーカーさん、市役所を行ったり来たりして駆けずり回り、短期のケアサポート施設を探して父を入所させた。費用は月額13〜14万円ほどだったか?了解を得て父の...

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2017/11/29 23:57

右胸を全摘するのに前後して、私は鬱の長い長いトンネルへと突入していきます。
原因は胸が無くなったことではなくて、主人の病気に端を発したもろもろの出来事です。

詳しくは省きますが本当に色々なトラブルがあり、挙句四面楚歌的な状況になってしまい…
それでも長い間人前では平静を装っていたのが良くなかったです。人間は極限まで自分の感情を抑制すると鬱を発症するように出来ていると思います。

唯一の救いは当時まだ小学生だった息子が、それらのトラブルを目にしながらもあまり傷ついた様子がなかったことです。

しかしその時のことが元で、息子の私に対しての評価?が『負け犬』『何でそこで引く?』というネガティブなものとなって残り、現在に至っているのでした…(´;ω;`)


あの頃は本当に人間が大嫌いになってしまい、人と接するのも外出するのも嫌で家に篭りがちになり、教会も長くお休みするはめに…(夫と息子は暫くは2人で通っていましたが、のちにお休みに💧)

そして、私は徐々に昼夜逆転の生活になっていき、抗うつ剤を飲みながら必要最低限の家事を何とかこなし、昼間はずっと寝ているというパターンが出来上がっていきまし...

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2017/11/26 23:57

少し横道に逸れましたが、闘病記に戻りたいと思います。

先生に『どうせ再建しないでしょ?』的ニュアンスで聞かれ、そうですね〜的に返事しましたが、あとから思えばもう少し良く考えれば良かったです。

あの頃はまだスマホも普及してなかったし、パソコンにも不慣れで、再建方法などをよく調べるすべがありませんでした。

そしてなんとなくそのまま時を過ごし、入院日を迎えたのでした。


2007年1月24日、入院。手術日の2日も前に入院して、何をしていたんだろう?
手術は26日で、主人が仕事を休んで付き添ってくれた。前の人の手術が長引いたとかで始まるのが遅くなってしまい、麻酔から醒めたのがたしか夜の9時頃で、主人に悪いなあと思ったのを覚えている。

麻酔が冷めたあと、喉が痛く、少し血の混じった痰が出た。管を抜く時に少し傷付いたのか…

しかし驚いたのは、胸の傷が全く痛まなかったことだ。これは退院するまでそうで、先生の腕が良いのか、切った部分にあまり痛覚が無かったのか分からないが、思いがけなく嬉しいことだった。

病室は4人部屋だったか、6人だったか…
確か途中で部屋が変わった。隣のベッドの人は子宮を...

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2017/11/23 23:59

こんばんは。今日も、生々しいお話しになってしまって恐縮なのですが…

でも、乳がんという病気と、セクシャリティーな問題とは密接な関係があると思うので書かせていただきたいと思います
m(_ _)m

私が乳がんに罹患するずっと以前にですが、千葉敦子さんという、ニューヨークで活躍されたジャーナリストの乳がん闘病記を読んだことがあります。

彼女が乳がんに罹患したのは1980年代で、何度か再発を繰り返し、治療を受けながらも闘病の甲斐なく数年後に亡くなられてしまったのですが。

確か「乳がんなんかに敗けられない」という本だったと思うのですが、彼女が片方の胸を全摘した後、外国人のボーイフレンドと術後初めてベッドインするシーンが出てきます。

彼女が裸に男物だったか?のシャツを羽織って、後ろ向きにそろそろと彼に近づいていく描写があり、『前が駄目ならうしろで…という訳だ。』と、ユーモアたっぷりに表現されていました。
(15年くらい前に読んだので正確でないところもあると思いますが💦)

私は、なんてポジティブな人なんだ!と驚きを持って読んだのを覚えています。

そしてこれくらい自分自身に自信があるなら...

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2017/11/21 00:41

右胸全摘と決まってから手術までひと月あまり、どんな風に過ごしていたのかあまり覚えていないのだけど。
ただひとつ、考えていたことがあります。今回は少し生々しい話になってしまうのですが…

当時、私はえーっと、ちょうど誕生日で43歳かな?今からほぼ10年くらい前か…
そして、告白しますがそのだいぶ前から、私たち夫婦は没性交渉なのでした…

前にも書いたのですが、うちの主人には持病があり、若い頃からずっと薬を服用しています。
調子の良い時はそんなに強い薬じゃなくて、量も多くなくて良いのですが、この少し前に症状が強く出て、会社を半年間休職した挙句に入院となってしまいました。

この時は服薬だけじゃなくて点滴でも薬を入れていました。効き目が良い分副作用もあったのかは分からないですが。

薬についての本を読んで勉強していた時に、副作用として男性の機能の不全についても書いてありました…

そのことについて主人と何か話したこともありませんし、先生に何か言われた訳でもないのですが。

ただ、だんだんとそういう行為からフェードアウト?していったという感じでした。

私はホッとしていたんです、私も息子が2歳...

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2017/11/18 22:07

手術の日取りは翌2007年1月26日と決まった。それまでの間、手術前の心電図、肺活量の検査などをこなしていった。

私の右のおっぱい…ぱっと見た感じでは分からないけれど、若い頃からほんの少し左のおっぱいよりも大きくて、乳首も若干左より大きかった。

感度(!)は左の方が上で、私は左胸の方が好きだった。

結婚して一人息子が生まれて、貧乳の私でもそれなりのボリュームの胸になり、完全母乳で育てることができた。断乳に失敗し、息子は3才過ぎまで私の胸に張り付いていた…
おっぱいの出も右の方が良くて、息子も右の方をよく吸っていた。

ガチガチに張ったおっぱいが、息子に吸われてふわ〜っと柔らかくなっていく感覚…あれはできることならば今でもまた経験してみたいと思う。

高校のクラス会の前日にに乳腺炎になってしまい、38度の熱が出て泣く泣く欠席したこともあった。

長いこと付き合ってきたけれど、2度もメスが入って頑張ってくれていた右胸ともついにサヨナラ…
涙は出なかったけれどやはり寂しかった。

全摘と決まったとき、先生の説明では男の人の胸のように平らになる、ということだった。
私が「乳首も取るんです...

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2017/11/15 23:55

「君に届け」が終わってもーたー‼️

ワイは、これから何を楽しみに(ry
…😭

長かったー、つい最近まで連載当初からの別冊マーガレットを殆ど取ってあったんだけど、この前意を決して半分ほど捨てたところでした。

卒業式のあたりで終わるのかと思ってたら結構続いて、風早と爽子がお泊まりするところまで描くとは正直思っていなかったのでビックリしました😵💦💖

私も来月で54歳…中学生の頃から読み始めて、途中若干中断した時期もあったけど、家族に白い眼で見られながら買い続けた別マももうこれで卒業します。

本当は「思い、思われ、ふり、ふられ」も気になるけれど、これからは単行本が出たらゲオのレンタルコミックで追いかけます…

「高台家の人々」が終わった時、YOUという雑誌も買うのをやめたので、これで本当に漫画の定期購読とはサヨナラです。
ちょっと寂しいけど、面白い漫画、気になる漫画があったら今まで通りゲオで借りることにします😢


さて、前回の闘病日記ですが、間違えました‼︎😫
記憶に齟齬がありました…

どの部分かというと、日付けの部分です。

闘病記を書くにあたって診断書のコピー等を見て確認して...

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2017/11/14 00:00

最近疲れ気味で、少し休もうと思って横になるとそのまま寝落ちしてしまったりする。
おかげで昼夜逆転気味な生活も矯正されて、朝早く起きれるようになってもいるのだが(*´Д`*)

それで、前々から疲れや病後の回復にはサジーが良いと聞いて飲んでみたいと思い調べてあったので、ネット通販で取り寄せてみた。

私が購入したものはオレンジ色の液体というかジュースになっていて、一回30ml〜60ml飲めばいいみたいだ。
パパが風邪引いていたので先にコップに注いであげた。ところが「うわ、これ駄目かも…😵」の声が。しかし「鼻つまんで飲むか…」と。

匂いがきついらしい。
レビューですっぱいとは聞いていたのだが、匂いのことを言ってた人はいただろうか?

自分でも飲もうとすると、確かに独特の、ウッとなるような匂いが…(*_*)飲んでみると想像していたよりはすっぱくはない。しかし、美味しくもない…(;´д`)

以来2度目はまだ飲んでいない。冷蔵庫に入れてるけど、冷やしたらまだいけるかな…ヨーグルトとかに混ぜても良いとサイトで読んだし。
でも、これなら高いけど前に飲んでた酵素ドリンクのほうが良かったなぁ。🤢

...

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2017/11/12 09:31

右胸の腫瘍を2度切除したわけだが、傷口はとても綺麗で全然わからないくらいだった。腫瘍だけでなく周りの組織も再発防止のため多少切るのだが、元々左胸よりも右胸の方が若干大きかったためもあってか、バランス的にも別におかしなところはなかった。

2度目の手術のあと、主治医のK先生が都内の別の病院に移ることになった。
その病院は偶然にも、私が肝臓の疾患で以前から通っている病院だった。

肝動脈塞栓術という手術を2度受けたあと、定期的に診察を受けていたのだが、今後乳腺外科にもダブルで通うことになったわけだった。

そう、2度目の胸の手術のあとは、再々発のリスクに備えて定期的に経過を見て貰っていたのだ。

その病院は港区にあり、周りには官公庁が立ち並んでいる。そのほかにも高層ビルが列をなし、見渡す限りサラリーマンだらけ…👨‍💼

オウム事件で被害があった駅の近くでもあり、通い始めた当初はなんとなく灰色なイメージの街だった。

余談だが2000年代初頭、というか最期にその病院に行ったのは2009年か10年だったと思うが、その頃はまだ院内に喫煙所があり、売店にも煙草が売っていた。(売り場の一角にカフェカ...

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2017/11/08 02:45

さて、手術の翌日、滞りなく退院と相成りました。

が!この後私にはやらなければならないことが1つ残されていたのでした…

それは何かというと、詳しく書くのは憚られるのですが、この時仙台に住んでいた当時76歳の父がちょいとやらかしまして、伯父(父の兄)にも間接的に迷惑をかけてしまったので、せっかく新宿に出るついでにお詫びの品を高島屋デパートから送ろうという心積もりをしていたのでした。

何を送ろうかと思ったのですが、高島屋の地下には虎屋が入っていたので、甘い物好きの伯父には間違いなかろうと思い虎屋の羊羹セットにしました。
(因みにヲイラは食ったことねーぜ…)(´⊙ω⊙`)
入院前に手紙もしたためていたので、会計、包装時にお願いして同封してもらいました。

無事任務も遂行して、ホッと安堵してこの日は家路についたのでした…


そして、術後数日経って傷を見てもらう為に再び病院へ。

特筆するような痛みも無く、経過も順調と思っていたので軽い気持ちで診察を受けに行ったのですが。

主治医のK医師に「ちょっと鬱血して腫れていますね。搾りますからね」みたいなことを言われて…
この時、体液?組織液?が...

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2017/11/04 23:58

続きです。
K医師が「痛い?」と聞いてくれたのですが、私は「はい、ちょっと…でも我慢できます」と答えました。
あの頃はまだ何故だか我慢を美徳のように思っていたのでした。(^-^;
しかしK医師は、「我慢なんてする必要ないですよ。麻酔、足しますから。」と言って、麻酔を追加してくれたようでした。

メスは電気メスだったようで、(というか今は全部電気メス?局所麻酔で手術を受けたのはこの時だけなので、他の手術のときはどうだったのか分からないのです)

あ、違った…肝動脈塞栓術。😵
この時も局所麻酔でした。二回やったけどこの手術ものすごく苦しいのです😰関係ないのでこの話はまた別の機会があったらにしますが、この時はメスを使うような手術ではありませんでした。

なぜ今回、手術の様子が見えないのに電気メスだと分かったのか…?
それは、匂いです。皆様、自分の皮膚の焦げる匂いを嗅いだことがありますか…(>_<)‼️

それはもう、何とも言えない匂いです(*_*)
よく人肉はおいしいらしい、と聞くので、もっといい匂いかと思っていたのに…😱

先生はこの匂いに馴れっこなのだなあ、と思うと、つくづくお医者さんっ...

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2017/10/30 23:59

2006年8月8日、葉状腫瘍の再手術目的で入院。
病院に着いてから手術までの間は、例によってほぼ記憶がありません。( ;´Д`)
多分午前中だったんじゃなかったかな?というくらい(*_*)
しかし、手術中は局所麻酔ということで意識があったので、そしてなかなかに印象的であったので、よく覚えているのです(°_°)・:*+.\(( °ω° ))/.:+

手術の執刀医は前回と同じK医師、手術室は前回と違っていて、なんか暗くて殺風景な感じのところでした。前のときは他の患者さんもいて、手術の順番を前室で待ちながら硬膜外麻酔の前の注射をした記憶があるのですが、今回は他の人の姿は全く見かけませんでした。

そして看護師さんの姿も無し。その代わり助手?の先生が1人付いていて、主治医であるK医師が色々と指導もしながら手術を進めていくという感じでした。

そんな感じなので多分その助手の先生は若いのかなと思うのですが、なんか見た目の印象がものすごく暗い・・・(・・;)そしてK医師の問いかけにもんーでも無ければはーでも無い、というか返事してんの?生きてんの?という感じ。
病室の古さとも合間って、なんかホラーち...

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2017/10/28 23:56

台風も去ったし、選挙も終わった。
今日は久しぶりの晴天で洗濯が捗った。

ここいらで私も、皆さんに倣って、当初の目的であった闘病の記録を集中して綴っていこうと思います。

日記を見返したら、前回闘病記を書いてからひと月半程経ってしまっていた。葉状腫瘍の再発というところで終わっていたので、その続きから。


2006年7月、前と同じ右胸に再びしこりができたので、前回手術をしてもらった新宿のJ病院で再び診察を受けた。
診断の結果は思った通り葉状腫瘍の再発…気付いてから間を置かず行ったので、前回よりもしこりは小さく、局所麻酔での部分切除ということになった。

入院も念のため一泊だけで良いとのこと。

付き添いは要りますか?と先生に聞いたら、全身麻酔ではないから特にいなくても良いと言うので、1人で行くことにした。

手術日は8月8日と決まった。

2度目なので前ほどの緊張感も無く、淡々と準備をすすめた。

術後も1人で電車で帰ることになるため、混んだ車内でつり革や手すりに捕まることを想定して、服が擦れたりする事のないよう少しゆったりめの服を着ていこうと考えた。

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2017/10/24 00:00
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