のんびりっ子さんの日記 (乳がんの日記)

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乳がん

父親の、何も食べられず過ごした、、可愛そうな、死にかたや、夫の、何か、あったら、殺して欲しいという、考えを、見ていて、私は、どこまで、治療に、前向きに、なれるのか、た、自問自答しています。まだ、抗ガン剤の、経験も、していないし、乳房は、温存されている、幸せな、自分に、とって、地獄が、いつ、どんなふうに、
やって来るのかと、とても、不安です。実際に、
乳房全摘出や、辛い、抗ガン剤の、治療を、した方が、私の文章を、読んだら、何を甘えているのだと、叱られるかも、知れませんが、どこまで、
前向きに、治療して、いけるのか、どこまで、
犠牲を払えるのか。私には、全く、予想が、できません。夫は、心配症で、とても、ネガティブな、考え方の、人です。横から、ネガティブに、言われると、私に、とっては、苦痛です。夫婦二人で一緒に生きて行くということは、夫婦二人で、一緒に、死ぬと、いうことでもあります。
生きるためと、いわれたら、抗ガン剤も、乳房全摘出も、受け入れると、思います。でも、必要以上に、生活に、支障を、きたしたり、生きられる確率が、五分五分だったら、どう、きめるのかは、分かりません。手遅れに、なる前に...

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2017/03/26 11:27

私は、42歳頃から、そう極性障害に、なりました。発病当時は、死にたくなるばかりで、薬を、多く、飲んだり、手首を、切ったり、雪道を、薄着で、夜中に、歩いたりして、出かけ、雪道に、たおれこんだりして、死ぬことしか、かんがえませんでした。一番酷かったのが、薬を、飲んで、死のうと、したとき。肺の、血管が、詰まり、意識が、戻らず、寝たきりになったらしく、夫は、生きた心地が、しなかったと、言います。意識が、戻っても、看護師さんの、ケアーを、受け入れず、代わりに、夫が、私の、体を、タオルで、拭いてくれたり、トイレも、夫がお手伝いしてくれたり、しました。娘たちが、そんな、夫を、見て、とても、驚いた事を、覚えています。羨ましがっていました。そんな、事を、するタイプの、人では、ありませんから。洗濯物も、持ち帰り、洗ってくれ、とても、尽くしてもら感謝していましす。今回はも、精神的にも、物理的にも、大変助けられました。夫婦って、良い時だけ、一緒にいるのでは、なく、困難な、時こそ、一緒にいて一つになるべきだと、痛感しました。最近、老夫婦の、殺人事件が、増えていますが、年を、老いたからこそ、仲良くしなければ、なら...

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2017/03/25 15:14

私には、29歳の、息子と、夫のつれ子の、3人の、娘、6人の、孫が、います。長女が、小学生だった頃から、生活しましたが、今、おもえば、子供たちには、厳しい、母親だったと、思います。とにかく、18歳に、なるまでは、しっかりと、育て、自立させようと、必死でした。仕事と、家事、が、忙しく、三時間しか、眠られない時も、あり、大変でしたが、生活の、為、子育ての、為、仕事は、辞められませんでした。なので子育てにも、知らないうちに、力が、はいってしまいました。でも、私は、、3人の、娘に、とっては、実の、母親では、なかったので、とても、、辛い、思いを、した事を、覚えています。娘が、知らない人と、話していたら、叱ったことも、あり、不安が先に、なり、何でもないのに、叱って、しまったのだと、思います。子供が、誘拐されたら、どうしようとか、産みの、親が、来たら、どうしようとか、心配でした。でも、実際
私の知らないところで、産みの親は、会いに来ていました。頭では、分かっているけれど、いざ、そうなってみると、何とも言えない、しっとでした。簡単に、子供を、育てる、なんて、言うものじゃないと、後悔しました。子供たちは、...

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2017/03/24 13:59

私は、今年で56歳、夫は、62歳に、なるので、さすがに、この、年になって、平均寿命を、考えるようになり、生きていくことに、対して、先の、短さを、日々、感じるようになってきました。私の、父親は、70歳で、脳硬塞に、なり、再発を、繰り返し、死ぬ3年前から、寝たきりになり、口から食事が、とられなくなり、胃に、管を、入れられ、経管栄養だけの、食事で、結局、何も食べられず、80歳で、亡くなりました。夫は、もし、自分が、脳硬塞で、かたまひに、なったら、どうにかして、殺して欲しいと、私に、言います。私も、再発したら、どんなレベルまで、治療に、向かうのかと、疑問です。勿論、全身転移なら、何もしません。子供たちは、みな、自立していますし、体の不自由に、なった親の、世話を、子供に、させるような、迷惑は、かけられません。だから、元気でいる、今のうちに、出来ることを、しておきたいと、考えています。食べられるうちに、食べたいものを、食べたいと、思っています。新婚旅行が、できなかったので、てきれば、足腰が、元気な、うちに、旅行も、したいと、思い、少しずつ、貯金しています。何か、目標や、目的が、あるほうが、心身とも...

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2017/03/23 14:55

この、病気に、なって、嫌なことばかり考えるようになって、ネガティブ思考に、なってしまいました。ガンに、なったのも、原因は、解明されていないので、家系の、せいだと、納得してしまっている自分に、自分で、呆れています。でも、現に、私の父親は、すい臓ガンで、亡くなっているし、祖父も、ガンだったと、聞いています。夫も甲状腺ガンで、夫の父親も、咽頭ガン。息子も、ガンに、なるのでは、ないかと、心配です。おまけに、息子の、嫁の、母親も、甲状腺ガン。そうなると、孫の、ことが、いっそう、心配です。心配し出したら、きりがなく、どうしたら、よいものかと、思っています。逆に、もっと、前向きな、楽しい事を考えなくてはと、思い直しました。私に、とっては、孫は、目に入れても痛くない存在です。まだ小学3年ので、遊ぼうと、誘ってくれます。孫か、大きくなったら、遊びたくても、遊べないので、いまは、何も、考えずに、精一杯、遊ぼうと、思っています。孫も、私と、遊ぶと、自分の勝手な、ルールで、しきって、自由に遊び、帰る時には、清清しい顔をして、嬉しそうです。そんな、楽しそうにしている孫の、顔を見る事が、私の、一番の、楽しみだと、...

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2017/03/23 11:28

私は、温泉が大好きで、手術後も、3カ月後から、行くようになりました。お風呂の、湯船に、入る直前まで、タオルで胸を、隠しています。子供に、見つかって、騒がれたくないから。乳房が、あっても、やっぱり、ひとの、目が、気になって、隠しています。そんなときは、特に、私達のような、乳房に、傷の、ある人たち専用の、フロアーが、あったら、いいなあと、思いますが、現実的には、無理でしょうね。でも、2つの乳房があって、当たり前で、乳房が、傷ついたり、一つに、なったとたん、普通で、なくなるという、現実は、とても、悲しすぎると、思います。もっと、乳ガンについて、一般化すると、良いと、思いました。この、病気に、なって、、お風呂に入るとき、他の人の、乳房を、何気なくみるようになりました。こんなに、たくさんの、女の人が、いるのに、私のような、傷の、ある、人が、いません。どうして?と、思いました。人は、生まれて、死ぬまで、どんな人め、平等だと、ききました。苦しい時も、悲しいときも、楽しいときも、人それぞれ、与えられているものだと。それなら、病気も、平等なのかと、思うことが、あります。でも、病気が、平等に、広げられたら...

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2017/03/22 12:44

定期的に検査に、行っているとは、言っても、再発の、不安は、いつまで経っても、消えることは、ありませんでした。検査を、しているからこそ、不安に、なるのかもしれません。マンモグラフィーの、検査なんて、しなくても、CTだけで、乳房の、ガンを、見つけて欲しいと、思いました。ずいふん、前でしたが私が、まだ、乳房の、検査も、してもいなかった頃、たまたま、ホテルの、大浴場で、一人の、ご婦人と、一緒になり、わたしより、歳上のように、みうけられました。
ふと、見ると、乳房が、片方だけの、ご婦人で、タオルで、自分の乳房を、隠しもせず、堂々と、入って来られました。私は、なるべく、目を会わさないように、気を使いましたが、その、ご婦人の、ほうから、話しかけて、来られ、観光に、きたのですが、どこか、他に、よいところは、ありませんか?と、聞かれ、ひがし茶屋街なんか、良いですよ、と、お勧めしました。世間話と、ともに、ご自分の、話を、され、手術を、して、人生観が、変わったと、話されて、いましたが、清々しそうに見えました。なんて、潔い人なのかと、驚いたことを、覚えています。そのように、なるまで、たぶん、多くの、人と、接し...

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2017/03/21 16:00

手術後1カ月後は、傷口の、治り具合を診てもらいました。入院中は、補佐的に、テープで、守ってもらいましたが、退院してからは、保護テープを、はることもなく、フリーなので、少し、心配でした。でも、傷口は、問題ないと、いうことで一安心でした。その、あとは、手術後、3カ月毎に、主治医の、先生の、触診と、乳房の、超音波エコー検査、血液検査でした。右の、ガンでしたか、左にも、できることが、あるらしく、両方診てもらいました。リンパ節転移の、検査も、してもらい、首回りや、鎖骨、腋の下を、診てもらいました。血液検査は、ガンの、腫瘍マーカーの、検査です。採血は、もう、慣れたので、苦痛は、ありませんでた。結果は、悪い兆候は、なく、ホッとしたのを、覚えています。6カ月後に、胸のCTをして、1年後に、骨シンチ、お腹のエコー、などの、検査をしました。転移は、なく、順調と、主治医に、言われ、とても、うれしかったです。この、病気に、なって、初めて、自分の体に、興味を、もつことの、大切さを学びました。何ともないという、根拠のない、自信過剰は、何も意味を、持たないと、痛感しました。それと、共に、夫に、対して、夫自身の、健康...

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2017/03/20 16:52

放射線療法は、土、日を除く、毎日、ほんの、数分間ずつ、行われました。照射時間より、身支度に、かかる時間の方が、多いかんじです。照射時間が、短いせいか、皮膚の、火傷の、ような、症状は、なく、ただれも、ありませんでした。少し日焼けしたような、感じの、皮膚の、色です。じっとしている時間が、短いせいか、苦痛も、なく、緊張感のみでした。5X4週間の、治療は、通院で、良かったので、思ったより、楽でした。毎日、通院する、労力は、大変でしたが、入院しながらでは、経済的にも、精神的にも、大変だったと、思うので、病気に、なるのも、お金がないとダメだと、思いました。人は、健康が、当たり前すぎて、健康の、ありがたみを、知らないと、思いました。わたしも、こんな、病気に、なって、初めて、健康に対する、ありがたみや、家族の、ありがたみを、感じたし、仕事を、できなくなった、私に、たいして、夫が、意外に、優しい人、だったと、再確認した、感じです。家事も、やりはじめていますが、夫は、無理しなくていいと、言ってくれまし、好い人と、結婚したなと、感謝しています。人間って、不自由に、なって、初めて、いろいろな、ありがたみを、感...

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2017/03/19 17:54

入っていた、管も、手術4日後には、とれ、ひきつっていた、一部分が、楽になりました。一つ一つだと、おもい、前進することに、喜びをかんじました。次には、抜糸も、してもらい、更に、楽になりました。でも、初めて、シャワー室に、入ったとき、傷口を見つめ、何とも言えない気持ちでした。夫は、思ったほど、大きな傷口では、ないと、言うけれど、私に、とっては、大きな傷口でした。乳房を取られることを、思えば、確かにラッキーでした。そう、考えるようにしました。
でも、もんだいは、残っていました。切ったばかりと、いうことも、あり、乳房は、左右対称では、ありませんでした。シャワーする度に、歪んだ胸を、見なければならないことが、苦痛でした。時間が経てば、自然な、形に、なるのか、不安をかかえながら、鏡に、向き合いました。不安は、消えることは、ありませんが、時間は、経っていきます。そうこうしている、うちに、10日がたち、退院できました。家に帰ることができ、気分は、少し、あがりました。入院生活は、窮屈でしたから。腕もあがるので、放射線療法が始まります。皮膚が、耐えられるか、心配になり、気分は、グレーでした。治すためと、再...

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2017/03/18 17:13

手術前日は、いよいよだなっていう、緊張感のせいか、思ったほどの、不安は、ありませんでした。手術当日、看護師さんと、一緒に、手術室に、入って、自分で寝て、点滴を、され、数を、数えてと、いう、言葉と共に、意識が薄れ、気がついたら、ベットの、上でした。わたしは、よく、覚えていませんが、夫の話に、よると、私の回りには、線が、いっぱいで、大変な状況だったようです、主人は、怖がりなので、近づくのが、いやだったと。集中治療室だった、ので、手洗いや、マスクをして、入らなくては、いけないので、大変だったという、事でした。私は、麻酔が、効いていたせいか、痛みは、感じず、目をあけて、ただただ、天井を見つめ、時間も、わからず、時の、経つのを待つだけでした。麻酔が、覚めるにつれて、看護師さんの、動きを感じ、安心感が、もて始めました。それ共に、傷口の、違和感を感じ始めました。トイレも、ポータブルで、できるように、なって、一般病室に、もどれ、ようやく、はっきりと、主人の、顔も、見られ、安心できました。管が、気になりましたが、良くなれば、とってもらえると、自分に、言い聞かせ、受け入れるようにしました。食事も、思ったよ...

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2017/03/17 16:20

いよいよ、手術の日が、決まり、入院準備をしだしました。子供の入院準備は、今まで何度も、したことが、あったので必要なものは、何となく、わかっていました。でも、いざ、自分の、準備となると、出産以来だったので、何とも、複雑な、気持ちでした。おめでたいことの準備は、簡単ですが、今回、こんなに入院準備を、することが、大変に、感じたことは、意外でした。同じ内容なのに、こんなにも違うのだと思うと、それだけで、悲しくなりました。こんな、自分が、手術後の、身体を、受け入れられるのか、しんぱいでした。乳房は、幸いなことに、残せるだろうと、先生からは、言われましたか、傷口に、よっては、乳房の形が、歪むかもしれない、と、言われ、左右対称が、当たり前なのに、歪んだら、どうしようと、そればかり気になって仕方がありませんでした。何をやっても、楽しくありませんでした。リンパは、取らなくて良い、らしいのですが、心配は、拭いきれませんでした。大好きな、銭湯には、もう、行けなくなるのだろうか、泊りがけねの、温泉にも、一生行けなくなるのだろうか、自宅て、引きこもりの生活が続くのだろうか、などネガティブに、なるばかりで、出口が...

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2017/03/16 09:38

検査結果の、出る予約日に、受診しました。待っている間、看護師さんが、バタバタ行ったり来たりしているのが、見えました。私の事とは、微塵も考えず、待ち合い室で、待っていました。間もなく、その看護師が私の夫の、ところに来て、
「ちょっと、先生から、お話が、ありますので、診察室に、入って下さい。」と。言われるままに診察室に入ると、主治医の先生が、「一般的には、結果が出る
タイミングなのですが今回はまだ、結果が出ていなくて、昨日から、ずっと、ご自宅や、娘さんたちに、連絡していましたが、連絡が、取れず、来て頂くことに、なってしまい申し訳ありません。結果が出るには、もう少しかかりそうなので、結果が、出次第、こちらから、連絡しますので、もう、しばらく、お待ちください。」と。何だか、拍子抜けした感じでした。と同時に、また、ヒヤヒヤして、待っていなくては、ならないのかと、複雑な、気持ちでした。
数日後、改めて、連絡を、頂き、病院に、赴きましたが、覚悟は、決まっていました。これだけ、時間がかかったと、いうことは、良い訳がない。悪い結果に、間違いない。その、思いで主治医の話を聞きました。結果は、やっぱり、ガン...

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2017/03/15 16:15

でも、もっと、辛い検査が、右胸に、針を刺して、組織を、とってくる検査。超音波エコーで、異物があると、診断され、次に行われるのが、せんし。麻酔を、打ってくれるのですが、これが、歯を食いしばらなくては、いけないほどの痛さ。三ヶ所に、麻酔を、打って三回の、針刺し。針刺しで、組織を、とって来るときは、麻酔の、おかげで、思っていたほどは、いたくありませんでした。これだけは、救いてした。どうして、女性だけが、痛い思いを、しなければならないのか、疑問でした。MRI.や、ペットCTは、痛くないのに、なぜ、このような、痛い検査が、あるのか、もっと、医療が、発達して、欲しいと、懇願しました。痛みの、伴わない、マンモグラフィー、痛みの、伴わない、せんし細胞診を、確立して欲しいと思いました。針刺しの、あとの、検査の、胸の痛みが、しばらく、続きました。このあとに、もっともっと痛い思いをするわけですが、そんなことは、この時は、考えられませんでした。目の前の、一つ一つの、山を乗り越えて行くだけで、精一杯でした。このまま、検査結果を聞かずに、通院をやめようかとも、考えました。だって、ここまで、くるだけでも、私的には、...

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2017/03/14 13:48

初めて受けた検診は、いたかった。多くの意味で。マンモグラフィーの、痛かったこと、痛かったこと。涙が出ました。準備している検査技師の、お姉さんにも思わず、早くして!と、言ってしまったほどの、痛さ。この検査は、痛いと、何となく人から聞いては、いたけれど、自分は、我慢強いから、大丈夫と、たかをくくって、いただけに、今更ながら、思い知らされた感じでした。それに加え、両方の、乳房が、とてつもなく痛かった。特に右胸が、さらに、痛く、何かあるのか?と、思ったほど。
検査結果は、やっぱり、要精密検査でした。
嫌な予感が、しました。やっぱり、何かあるのか?と。心配で、再検査まで、何をやっても、上の空って感じでした。
再検査では、やっぱり、あの、超痛い、胸を、プレスする、マンモグラフィー検査。再び、息を殺して、我慢しました。短い検査時間なのですが、とてつもなく長く感じました。超音波エコー検査は。ゼリーの、ぬるぬる意外、痛くは、ありませんでした。検査技師も、白髪の、女性、ベテラン安心して、ゆったりと、検査をうけることができました。でも、やっぱり、右胸にかける時間が、長かったです。左胸は、素人でも、わかる、短...

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2017/03/13 11:31
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